[月曜日の酸素]
空一面が白で覆われ続けたこの一ヶ月。
日曜日にもかかわらず規則正しい朝を迎えたラシューは、いつものように窓を開けると、太陽の出ない空を見つめながらただぼんやりとベッドに佇んでいた。
生ぬるい風に吹かれて揺れるその葉っぱ達はどこか元気がなく、泣いて肩を震わせているようだった。
足元にいた黒い毛玉がのそりと起き上がると、ビー玉のように輝かせたその瞳でラシューをじぃと見つめる。
「いつまで空を見つめるんだ?」
ふわぁと大欠伸をしながら小さく可愛らしい口で、得意げに髭をピクリと動かしながら黒猫は問いかけた。
ラシューの小さいながらに温もりのある手で顎を撫でてやると、不本意だ。と声を漏らしつつ、にゃーと小さく猫らしい声を出してみる。
「ログリア、君は何も気にならなそうで羨ましいな。」
「失礼な。飼い主の機嫌くらいは気にしてやるさ。」
「天気の話だよ。」
ラシューは渋々立ち上がり、コーヒーマシンのスイッチを入れると、戸棚の一番上にあるキャットフードをごそりと取り出した。
しゃべる猫というものは案外厄介なもので、今日はこれじゃないなんて文句をこぼす。
「はい、選んでよ。」
「今日はこれ。」
白い靴下模様の手でお気に入りの缶詰をポンポンと叩くと、ラシューは呆れたような何処か嬉しいようなため息をついた。
入れ立てのコーヒーを嗜みながら、美味しいクロワッサンを頬張る。
サクサクとした生地に鼻に抜けるバターの香りとほんのりとした甘みが、お気に入りの朝食セットだ。
静かな朝の僅かな幸せも、鬱陶しいくらいに眩しい太陽があってこそアクセントとして輝くと一段と感じたのだった。
「どうして曇ってるんだろうね。」
「お前は何も聞こえないんだったな。私の声以外は」
「え?」
「きっと明日の月曜日にでも晴れるさ。」
ログリアはなんでも知ってる。
そうだった。この子は魔法猫。
喋れるし、予知もできる猫だった。
そうだね、なんて何も気にしていないそぶりで今日もまた代筆の仕事をこなす。
仕事を終えた頃、時間ピッタリに元気よくくる予定の郵便屋のジェイは、その日何時間待てど来なかったのだ。
そしていつものように風呂に入り、一足先でベッドに丸くなっているログリアを蹴らないように静かな夜を過ごしていた。
「ラシュー」
瞼に映る血潮が明るい光のせいだと感じた時、ログリアの呼びかけに遅れるように飛び起きた。
あれだけ雲っていた空があっけらかんと晴れているではないか。
それはもう雲ひとつとない快晴と言っても良い位だった。
「……晴れた!?」
「違う、ラシュー。」
「何が?」
「終わったんだよ。」
ログリアが華麗にベッドから降りてみせると、口に咥えて持って来ていた手紙をラシューのお腹の上にぽすりと置く。
それは、いつも来ていた郵便屋のジェイからだった。
「ジェイ?『ラシュー、いつも代筆してくれてありがとう。この戦争が終わる頃僕はもういないからここに感謝を記します。』」
「気付かないのは当たり前だ。お前は耳が聞こえないんだからな。曇り空のようだったのは煙や灰が舞い上がってたせいだよ。」
「……じゃあなんでもっと早く言ってくれなかったんだ!」
癇癪を起こす子供のように泣き崩れたラシューのそばで、そっと寄り添うログリアの匂いは月曜日の憂鬱な酸素にしては暖かいお日様の香りがした。
「なんでもできるかって?」
「そう!愛があれば!」
「馬鹿馬鹿しい」
「僕はなんでもできる気がするな〜」
「じゃあ俺のために人も殺せるのか?」
「もちろん。」
躊躇いもなく放った一言が、彼の体温を一瞬にして奪っていった。
いつもは愛おしいその微笑みも、本性の上に貼り付けた仮面のようだった。
「未来を見れる少女?」
唐突に事務所を訪ねてきた彼は、未来が見れる少女がいると話し始めてきた。
どうやら事務所で雇って商売をしないかという話だったのだが、いかんせんその少女には一癖も二癖もある性格をお持ちのようで。
「こちらの事務所で引き取っていただけると‥」
「‥要するに手に余る。ということですね。」
確かに、この事務所にはそういった特殊な能力を持って生まれてきた子たちを引き取って保護するという活動もしているが、公表していない中でどうやって知ったのか。
まぁ、大方親族たちから聞きつけてきたのだろう。
「未来を見る商売なんて、確かに売れはするでしょうね。」
「では契約を‥!」
「しませんよ」
あっけらかんとした表情で目をぱちくりさせながら僕の方を見る彼は、バッグから取り出そうとしていた書類をしまい込み、肩をがっくりと落としていた。
「少女は引き取りますよ。でも商売はしません。
手に余るならどうぞ連れてきてください。
‥大体、人生は不平等で不条理なこともたくさんある。
だから人は努力するんです。
未来を見て良くなったとしても"ツケ"はまわってくるもんですよ」
詐欺師を追い払ってから、もちろんそんな少女も来ていない。
一段とスッキリした気持ちで青空を見上げると、一羽の白い鳥が急くように飛び立っていた。
「やっぱ僕の予知は精度が高い。」
「もう行ってしまうの?」
旅先で恋をすることはよくあった。
泊めてもらった家の娘や従業員の女の子にはよく惚れられているのは自覚していた。
お互いが心地良く過ごすために必要なことは謙虚な態度と優しさ、そして笑顔だ。
多分それが勘違いさせてしまったのだろうと少しは反省している。
「うん、ごめんね。もう家に帰らなきゃ」
「じゃあまたどこかで会えたらその時は‥」
僕は何も返事をしなかった。
だってもう戻ることは無い。
笑顔で手を振って歩き出し、これで家に帰れると思ったら旅の疲れなど吹き飛ぶようだった。
「やっと見つけたんだ、遠くへ行ってしまった君をようやく探せた。」
僕は手のひらに収まるほど小さいかけらとなってしまった君を見つめてその美しい白い骨にキスをする。
「もう逃がさない。
どこにも行かないでね、愛しい君。」
ちまちまと小説を書く
見せる予定があるかと聞かれたら、完成度次第
完成するかも不明である
だかしかし、作品に対しての愛やアイデアは脳から溢れそうなほどだ
その静かな情熱は尽きることのない青い炎のよう。