うめ

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7/13/2023, 12:53:26 AM

お題 これまでずっと

これまでずっと、私は幸せだと思っていました。
それに比べて、彼は不幸な人だと思っていました。
私がいなければ、彼は更に不幸に堕ちていくのだと信じていました。
そんな今、私は彼が見たこともない笑顔で、幸薄そうな女性と街を歩いているのを見かけました。
彼が他の女性と仲良さげにしていることより、その姿があまりにも、まるで私を鏡に映したかのように思えて、耐えられず強く目を瞑りました。
私は誰かの不幸の隣でしか、自分の幸せを実感できない、汚い人間です。こんな人間のどこが幸せなのか、分からなくなりました。
目の前にいる彼を、ひどく軽蔑した眼差しで見つめる自分の目を、本気で潰してしまおうかとさえ、考えました。
幸せを妬み嫌う私を、これまでずっと、そしてこれからもずっと、幸せは、嫌っていたのでしょう。

6/20/2023, 11:36:22 AM

お題 あなたがいたから

あなたがいたから、私の人生は上手く行きませんでした。

あなたを卒業式で見送って、私はあれから何人もの男性と交際しました。どれひとつとして、上手く行きませんでした。
しばらく経って結婚もしました。
あなたは私への手紙を読み上げましたね。
嬉しかったですが、今、結局上手くいっていません。
なんだか、違うんです。

私は自暴自棄になって、本当の事を告白することにしました。14年の片想いでした。
「本当は、貴女が1番、大好きでした。今でも、誰よりも1番。」
なんて恥ずかしいセリフでしょう。
口を閉じるやいなや、私はその場を立ち去ろうとしましたが、白くて細い腕が私を引き留めました。

振り返るとあなたは長いまつ毛をきゅっと細めて
「ありがとう」
とだけ、言いました。

「もしも私が既婚者じゃなかったら、先輩の恋人になれる可能性がありましたか?」
自分の口から続きの言葉が溢れ出たことに驚きました。
目の前がチカチカと点滅するように光って見えました。

「ゼロじゃ無かったと思うよ」

ほら、やっぱり、あなたがいたから

6/16/2023, 10:43:00 AM

お題 1年前

「……おかしいな」
「どうしたんです、兄様」
俺は、窓ひとつない塔に閉じ込められながらも、双眼鏡を覗き込み、外の景色を隅から隅まで舐め回すように観察していた。この双眼鏡を使えば、壁をすり抜けて向こう側の景色を全て観察することが出来る。暇つぶしにはもってこいの遊び道具であった。俺はこの暗くて狭苦しい、どんよりとした塔を見たくなくて、毎日毎日、肉眼よりも双眼鏡で世界を見ていた。傍らには、一定のリズムを保った無機質な声で語りかける妹の姿がある。
「このダイヤルを回すと、景色が変わっているように感じるんだ。極わずかだが……」
俺はカリ……カリ……と古びて固くなったダイヤルを回してみる。
「やっぱり違う……ここに、あんな立派な建物は無かった。でも、覗いた先には、確かにあるんだ……それだけじゃない、楽しそうな子供たちが集団で何かしているぞ!」
そこまで言って、俺は確信した。俺は今、未来の景色を見ているのだと。
「そうか、外の世界はこんなにも美しくなるのか……」
つい笑を零しながら地図を広げ、そのことを書き込もうとする。しかし俺はそこで、あるひとつの疑問を覚えた。
ダイヤルを元の位置に戻すと、カチリと音が響く。今まで右回転で、未来を見ることが出来た。では、左回転は過去を見ることが出来るのだろうか。
半信半疑ながらも、俺は手に汗を握りながら、ゆっくりとダイヤルを一つ分、左に回した。
「え……」
そこには人の姿はおろか、建物という建物の形もなく、ただ真っ黒の灰が降り積もった焼け野原が広がっていた。
「な……なにが……一体……」
すると、後ろからぬっと手が伸びてきて、双眼鏡を奪われた。
「さて、もういいでしょう」
相変わらず無機質な声が響く。しかし、これに安心している。
「兄様は、お食事にしてください」
妹が背を向けた時に見えた何十ものホースに、俺は見ないふりをして、味のしない食事に口をつけた。



ーー説明書
この双眼鏡は経年劣化により、一部の機能にズレが生じております。ダイヤルを回していくとカチリと音が鳴るポイントは、故障により現在の時間と異なっております。

つきましては、左に二つ分回していただきました状態が、現在の景色をご覧いただける状態でございます。

お間違いのないように、お願い致します。

また、
過去を見るには……
未来を見るには……(文字が消えている)

6/15/2023, 3:28:52 AM

題名 あいまいな空

私たちを取り囲むものは全て、曖昧だと思う。人々はやたらとカテゴライズすることを好むが、人間とはそう簡単に気持ちよく区別できるものではない。
だからはみ出しものが生まれてしまうのだ。
僕は物心ついた時から、男性が好きだった。よく聞かれる事がある。
「女性を好きになれないの?」と。
しかし僕はそんな皆様に問いたい。
「男性を好きになれないの?」と聞かれたことはあるのかい。
あいまいなものを嫌う人間は、こうして意識的にも無意識的にも僕のような「はみ出し者」を、どうにか型にはめようと奮闘する。
僕が型にはまらないことは、時に他人を不快にまでするようだ。
僕は夕焼け空が好きだった。否、好きではなく、羨ましかった。太陽が登るわけでも、月が上る訳でもなく、昼でも夜でもないオレンジ色のその空は、僕たちと同じ、中途半端なはみ出し者のようだった。しかし、そんなあいまいな空を、人は綺麗と言う。……羨ましい。
ボーッと、美しい夕焼けを見て、僕はスマホであるサイトへ書き込みをした。あいまいなその空の、写真を添えて。
「僕と同じ、曖昧な人へ、𓏸月𓏸日𓏸時𓏸分、𓏸𓏸海岸沿いで集まりましょう」

あいまいな空の下、オレンジ色が反射する海の音が、ザザー、ザザーとうるさいくらいだ。
その日集まった15人くらいのあいまいな人間に、僕は神様のような気分になって、言ってやった。
「あいまいでも、僕らは美しくなれます。その方法を見つけたのです」
そこからは一言も言葉を交わさず、1歩、また1歩と空に溶けていく。
足先から交ざって、オレンジに染まる僕達は、きっと美しい人間になれただろう。
頭までオレンジに染まった時、上を見上げて僕は絶望した。視界に入ったのは、僕達が心から羨んだ美しい空と、その下界である海を区別する、輝かしい水面だったのだ。
ふと下を見ると、僕の目の中と同じ、真っ暗な空間が無限に続いているように見えた。誰の目にも写りはしない、真っ暗な空間……僕は、ここで……。
だから僕は今でも、あいまいな空が羨ましいんだ。

6/14/2023, 2:01:01 AM

お題 紫陽花

紫陽花は土壌の性質によって色が変わると聞きました。もしも紫陽花が私たちの心に生えていたとしたら、あなたの紫陽花は、今何色だと思いますか?
「紫…とかじゃないか?」
「普通ですね」
幸薄そうな女性は、真っ白な手を口元に添えて上品に笑っている。
「紫陽花なんて、他になんの色があるんだ?」
「何色でもいいんですよ、思いつく限りの色で描くんです」
「そうか、それなら僕は本当は…」
その時、カツンと音がしてクレヨンが落ちたのに気がついた。先生がそれをゆっくりと拾い上げるが、残念そうな顔をしている。
「赤のクレヨンは使えなくなっちゃいましたね……」
教室の外ではきゃあきゃあと園児が騒いでいて、ついに目の前の女性も「ちょっと待っててくださいね。待っている間に今ある色で塗っておいてください」と俺を置いて出ていった。
この教室には俺しかいない。しかしシーンと静まり返っているかといえば、先ほどから周りの園児がうるさくて敵わない。
「先生早く帰ってこないかな……」
先生に恋心を抱くなんてことが、1度はあっただろう。俺もきっとそうだ、あの先生……美恵先生に淡い恋心を抱いている。
「ごめんなさい!遅くなっちゃいました!紫陽花は上手に……っ!」
机に突っ伏していた俺に話しかけた先生の声が聞こえた。俺がゆっくりと顔を上げると、怯えた瞳の先生と目が合う。あぁ、なんでそんな目をしているんだろう……。せっかく、せっかく綺麗に塗ったのに……。
紫陽花の書いてある紙には赤色がぽたり、ぽたりと滴っていた。
「先生!患者さんが自傷行為を!出血が酷い状態です!」
先生は意味のわからないことを言いながら教室から出ていった。
先生に恋をしている俺の紫陽花は、赤色でなくてはいけなかったのだ。

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