お題 1年前
「……おかしいな」
「どうしたんです、兄様」
俺は、窓ひとつない塔に閉じ込められながらも、双眼鏡を覗き込み、外の景色を隅から隅まで舐め回すように観察していた。この双眼鏡を使えば、壁をすり抜けて向こう側の景色を全て観察することが出来る。暇つぶしにはもってこいの遊び道具であった。俺はこの暗くて狭苦しい、どんよりとした塔を見たくなくて、毎日毎日、肉眼よりも双眼鏡で世界を見ていた。傍らには、一定のリズムを保った無機質な声で語りかける妹の姿がある。
「このダイヤルを回すと、景色が変わっているように感じるんだ。極わずかだが……」
俺はカリ……カリ……と古びて固くなったダイヤルを回してみる。
「やっぱり違う……ここに、あんな立派な建物は無かった。でも、覗いた先には、確かにあるんだ……それだけじゃない、楽しそうな子供たちが集団で何かしているぞ!」
そこまで言って、俺は確信した。俺は今、未来の景色を見ているのだと。
「そうか、外の世界はこんなにも美しくなるのか……」
つい笑を零しながら地図を広げ、そのことを書き込もうとする。しかし俺はそこで、あるひとつの疑問を覚えた。
ダイヤルを元の位置に戻すと、カチリと音が響く。今まで右回転で、未来を見ることが出来た。では、左回転は過去を見ることが出来るのだろうか。
半信半疑ながらも、俺は手に汗を握りながら、ゆっくりとダイヤルを一つ分、左に回した。
「え……」
そこには人の姿はおろか、建物という建物の形もなく、ただ真っ黒の灰が降り積もった焼け野原が広がっていた。
「な……なにが……一体……」
すると、後ろからぬっと手が伸びてきて、双眼鏡を奪われた。
「さて、もういいでしょう」
相変わらず無機質な声が響く。しかし、これに安心している。
「兄様は、お食事にしてください」
妹が背を向けた時に見えた何十ものホースに、俺は見ないふりをして、味のしない食事に口をつけた。
ーー説明書
この双眼鏡は経年劣化により、一部の機能にズレが生じております。ダイヤルを回していくとカチリと音が鳴るポイントは、故障により現在の時間と異なっております。
つきましては、左に二つ分回していただきました状態が、現在の景色をご覧いただける状態でございます。
お間違いのないように、お願い致します。
また、
過去を見るには……
未来を見るには……(文字が消えている)
6/16/2023, 10:43:00 AM