うめ

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お題 紫陽花

紫陽花は土壌の性質によって色が変わると聞きました。もしも紫陽花が私たちの心に生えていたとしたら、あなたの紫陽花は、今何色だと思いますか?
「紫…とかじゃないか?」
「普通ですね」
幸薄そうな女性は、真っ白な手を口元に添えて上品に笑っている。
「紫陽花なんて、他になんの色があるんだ?」
「何色でもいいんですよ、思いつく限りの色で描くんです」
「そうか、それなら僕は本当は…」
その時、カツンと音がしてクレヨンが落ちたのに気がついた。先生がそれをゆっくりと拾い上げるが、残念そうな顔をしている。
「赤のクレヨンは使えなくなっちゃいましたね……」
教室の外ではきゃあきゃあと園児が騒いでいて、ついに目の前の女性も「ちょっと待っててくださいね。待っている間に今ある色で塗っておいてください」と俺を置いて出ていった。
この教室には俺しかいない。しかしシーンと静まり返っているかといえば、先ほどから周りの園児がうるさくて敵わない。
「先生早く帰ってこないかな……」
先生に恋心を抱くなんてことが、1度はあっただろう。俺もきっとそうだ、あの先生……美恵先生に淡い恋心を抱いている。
「ごめんなさい!遅くなっちゃいました!紫陽花は上手に……っ!」
机に突っ伏していた俺に話しかけた先生の声が聞こえた。俺がゆっくりと顔を上げると、怯えた瞳の先生と目が合う。あぁ、なんでそんな目をしているんだろう……。せっかく、せっかく綺麗に塗ったのに……。
紫陽花の書いてある紙には赤色がぽたり、ぽたりと滴っていた。
「先生!患者さんが自傷行為を!出血が酷い状態です!」
先生は意味のわからないことを言いながら教室から出ていった。
先生に恋をしている俺の紫陽花は、赤色でなくてはいけなかったのだ。

6/14/2023, 2:01:01 AM