そこには焼かれた骨だけが残っていた。
俺はネパールのとある秘境、滝の中の洞窟にあるという鏡を求めて歩き回っていた。その鏡は未来を映すという。嫌な顔をされながらも村人から情報を聞き出し、熱帯雨林をかき分けて蝿に集られながらやっと見つけた鏡を覗けば、そこには焼かれて粉々になった骨だけが映っていた。
なんて徒労だ。現代人なんて大体は最期焼かれて骨になる。殺人で死のうが事故で死のうが老衰で死のうが大体同じだ。未来を映す鏡なんて嘘っぱちか?鏡に焼けた骨の画像を貼り付けたり、何か細工がしてあるのかと思うが、俺はその映像が真実だと確信する。俺は3歳の頃交通事故で頭蓋骨を一部粉砕してしまっていて、ボルトが嵌められている。鏡の向こうの骨にも、ボルトがちゃんと嵌って焼け残っている。これは俺だ。俺の行く末だ。
鏡は本物だったんだ。なぜ鏡はこれを見せたんだ?メメント・モリ。死を忘れること勿れ。そんなことわかってるさ。常に危険と隣り合わせの俺たちトレジャーハンターみたいな奴らは特に。でも鏡は見せた。成功して金持ちになる姿でもなく老衰で子々孫々に見守られてる姿でもなく骨になることを。どうして?
伝えたかったのかもしれない。俺は必ず死ねるということを。万物が全て死ぬわけじゃない。俺の手にあるサバイバルナイフだって錆びはしても100年後もここにあるだろう。死ぬということは死ねるということだ。それは人間に与えられた最低限の特権でもある。
真っ暗闇のなか、俺は何かに触れる。湿ってひんやりしている。ぐにぐにとして軟らかいが、中に芯のようなものが入っていて所々固い。表面はざらざらしていて、一部触手……?のようなものもある。俺はその手をぎゅっと握る。手という表現は正確じゃないが、とにかくそいつにくっ付いてる棒状の物を握る。未知の生物の外性器とか排泄器官とかじゃないといいが……。その手を握るのは不安だからだ。暗闇は怖い。光はすべて吸収され、色として目に映ることもない。色の無い世界とはつまり黒だ。何も見えない。身動きがとれない。何もわからない。わからないことは恐怖だ。恐怖は常に未知から生まれる。でも隣には何かがいて、俺の横でじっとしている。俺の手を握り返すことはない。俺はこの未知の生物の色を勝手に想像する。紫にオレンジの水玉模様とかだろうか。ヒョウモンダコみたいに。そうして不安を紛らわす。未知に勝手に色を与えて恐怖をやり過ごす。さて、お前には俺が何色に見えるんだろうな?
ソメイヨシノは実をつけない。だから挿し木をしてクローンみたいに繁殖させる。ただ春が来たら花を咲かせて残りは葉っぱを生やすだけの機械みたいだ。散ったあと腐って茶色くなった花たちも、さくらんぼが実れば意義のある犠牲だっただろうに、何も殖やすこともなくただ機械的に青い葉をかわりに生やすだけ。でも機械的に季節を過ごして生きる僕もそう変わりない。何も生まず、何も世界に影響をあたえることはない。ただ、ソメイヨシノも僕も、この世に生まれ、この世にあり、生きている点は紛れもなく事実だ。意味なんかなくとも事実はある。
海の底からクジラの腹を見上げたい。
きっと馬鹿でかく太陽の光を遮り、僕と海とのあいだに影を作るんだろう。それであのクジラの腹にあるシワシワの線を数えるんだ。
素潜りだと鼻に水が入って痛いかな?そもそも水圧に耐えられそうもないから、スキューバで潜ることになるだろう。
夢の中ではそんなの関係ない。僕は裸眼でクジラを見上げ、海中で呼吸する。鼻は痛くない。
クジラと僕だけがいる海。
そういう夢を見る。
「あんたが嫌ならやめちゃえばいいだけなんだからね。水泳なんてお金かかるばっかりなんだし」スイミングスクールからの帰り道で母は僕に言った。
しかしそう言いながら、本当は続けてほしいんだろう。母がわざわざ目を逸らして刺々しい物言いをするときはたいてい相手に反対のことをしてほしいときだ。でもどうしてそんな突き放した言い方するんだ? 素直に「水泳続けてください」って言うべきだろう。何で僕の自由意志を尊重してますってふうに振る舞うんだ。素直に言ってくれたら僕だってそうする。何で人は思ったことをそのままに言えないんだ?
だから僕は優希に告白した。僕は中学一年生で優希の斜め後ろの席になったときから彼女が好きだった。ひねりもなくただ好きです、とだけ言った。
「そうかな?野村くん、本当に私のこと好き?」
「当たり前じゃん。好きだから告白したんだし」
「そのわりには私のことまっすぐ見るんだね。普通、告白って目が泳いだりとか、声が震えたりするもんだと思うけど」
「普通じゃないのかもね。僕はちゃんと好きって言える」
「いやだから、その堂々とした感じがどうにも嘘くさいって言ってんの」
いやだから、それは優希にとっての普通であって、僕はそうじゃないって話なだけじゃないか? それが僕の好意を疑う理由にならないだろう。僕は優希が好きだ。本当に。
「あのさ、告白ってね、弱みを晒すってことなんだよ。誰かを好きなことは恥ずかしいし怖いことだから。好意を利用されるかもしれないし。だからみんな確実に脈あるなって確認しないと告白しないし、中には付き合ってやってもいいけど? みたいな保身に走る奴もいるの。でも野村くんさ全然、怯えてないよね? 弱みを握られるかもってときに」
「僕は誰かを好きなことを恥ずかしいと思ってないし怖いとも思ってない」
「怯えるまでもないだけなんじゃないの? 私が好意を利用したって怖くないって思ってる。そこまで好きじゃないから」
「本当に好きだよ」
「人ってさ、本当に言いたいことは言えないんだよ。真逆のことを言っちゃうの。ストレートに言える言葉なんてどうでもいい言葉だけだよ」
本当に言いたいことは言えない。そうなのか? だから母は真逆のことを言い、普通の人はモジモジしながら告白するのか?
「野村くんは何かに真剣になったことないんじゃないかな。臆病になれるほどに。だから告白の返事はNO。付き合えません。そもそもこの告白は成立してないけど」
振られてしまった。でも、そこまで辛くはない。漫画みたいに涙することもない。
「ほら、なんてこと無さそうな顔してる」