ンーバップ

Open App

「あんたが嫌ならやめちゃえばいいだけなんだからね。水泳なんてお金かかるばっかりなんだし」スイミングスクールからの帰り道で母は僕に言った。
しかしそう言いながら、本当は続けてほしいんだろう。母がわざわざ目を逸らして刺々しい物言いをするときはたいてい相手に反対のことをしてほしいときだ。でもどうしてそんな突き放した言い方するんだ? 素直に「水泳続けてください」って言うべきだろう。何で僕の自由意志を尊重してますってふうに振る舞うんだ。素直に言ってくれたら僕だってそうする。何で人は思ったことをそのままに言えないんだ?

だから僕は優希に告白した。僕は中学一年生で優希の斜め後ろの席になったときから彼女が好きだった。ひねりもなくただ好きです、とだけ言った。
「そうかな?野村くん、本当に私のこと好き?」
「当たり前じゃん。好きだから告白したんだし」
「そのわりには私のことまっすぐ見るんだね。普通、告白って目が泳いだりとか、声が震えたりするもんだと思うけど」
「普通じゃないのかもね。僕はちゃんと好きって言える」
「いやだから、その堂々とした感じがどうにも嘘くさいって言ってんの」
いやだから、それは優希にとっての普通であって、僕はそうじゃないって話なだけじゃないか? それが僕の好意を疑う理由にならないだろう。僕は優希が好きだ。本当に。
「あのさ、告白ってね、弱みを晒すってことなんだよ。誰かを好きなことは恥ずかしいし怖いことだから。好意を利用されるかもしれないし。だからみんな確実に脈あるなって確認しないと告白しないし、中には付き合ってやってもいいけど? みたいな保身に走る奴もいるの。でも野村くんさ全然、怯えてないよね? 弱みを握られるかもってときに」
「僕は誰かを好きなことを恥ずかしいと思ってないし怖いとも思ってない」
「怯えるまでもないだけなんじゃないの? 私が好意を利用したって怖くないって思ってる。そこまで好きじゃないから」
「本当に好きだよ」
「人ってさ、本当に言いたいことは言えないんだよ。真逆のことを言っちゃうの。ストレートに言える言葉なんてどうでもいい言葉だけだよ」
本当に言いたいことは言えない。そうなのか? だから母は真逆のことを言い、普通の人はモジモジしながら告白するのか?
「野村くんは何かに真剣になったことないんじゃないかな。臆病になれるほどに。だから告白の返事はNO。付き合えません。そもそもこの告白は成立してないけど」
振られてしまった。でも、そこまで辛くはない。漫画みたいに涙することもない。
「ほら、なんてこと無さそうな顔してる」

4/15/2024, 1:50:00 PM