どうか哀れな我らをお許しください。
己の過ちさえ気づくことのできない愚か者を。
どうか機会をお与えください。
罪を償うため、己の役割を全うするための機会を。
どうか聞き届けてください。
あなたが本当に天に御座すのならば。
その日世界は晴れだった。僕の住む街が特別晴れていたという意味ではなく、地球の全ての地域において一片の雲も存在しない日だった。日本もアメリカもモンゴル高原も北欧もサバンナもジャングルも晴れていた。ありえないことだ。太陽が海を暖め雲が生まれ、雨が降り川を作って再び海へ戻るというサイクルがその日絶たれたのだ。視界良好の空は鳥や旅客機軍用機を問わないすべての飛行物体の邪魔をしなかったから、世界の全ての空の便が定刻通りに運行された。JALもANAもユナイテッド航空も1円たりとも損失しなかった。
その日世界には雲が無かった。そのせいで僕らは全員目の当たりにすることになった。世界の終わりを。
サイコキネシスみたいな超能力を持った誰かが隕石を地球のどこかに確実にぶつけようとして晴れの日を狙ったらたまたま今日だったのか、隕石が落ちることで起こった異常気象によってたまたま今日晴れたのかはわからない。神がどうせ終わるなら派手にいこうと思って地球最後の日を晴れにしたのかもしれない。とにかく僕たちは月よりもでかい隕石が落ちてくるのを惨めにも地表からボケーっと眺めるしかなかった。雲さえあれば隕石が落ちるその時まで自分が死ぬことを知らずにいられた人間もいたかも知れないのに。隕石の軌跡を示す光の尾は君の名はみたいにピンク色ではなく普通に白色光だった。
晴れの日。ハレの日。めでたい日。ハレとケ。ケは日常でハレは非日常のことをいう。地球最大の晴れの日はまさしく地球最大の非日常の日、つまり世界の終わりだったというわけだ。その日全ての日常が終わった。
僕は君に会いに行くわけでもなく部屋でYouTubeを見ていた。ゴロゴロしてたらお母さんが急に叫んでテレビつけたら隕石の中継が映ってて、もう間もなく地球が滅びるらしいので慌ててこれを書いてる。
僕は君と話したりマックへ行ったり小突きあったり嫌なことを言ったら無視されたり、それを特に謝るわけでもなくなあなあになってまたいつも通り話したりといった日常の全てを愛してた。これは告白とかではなくて、なぜなら僕と君は別に恋人同士でも両片思いでもない。友人とも言いづらい。ただ僕と君は家族、恋人、友人、知人、憧れの人、嫌いなやつ、名前のついた全ての関係の隙間みたいな二人だった。
世界の終わりには大好きな芸能人に会いに行ったり恋人のもとへ走ったり家族と暖かな最後を過ごしたりするのかと思ったが、何故か君のことが一番の心残りだ。君は多分僕のことを考えてたりはしないんだろう。長い間一緒に過ごしてきたからそういうのはわかる。ただ、隕石が段々近づいてきた熱で地球の気温が50度になってもこうして必死に文章を打ってるのは、ひとえに君が代表する、君を含んだ僕の全ての日常が好きだったってことを言いたいからだ。僕の人生は色々あって波乱万丈で、ブラジルで生まれたと思ったら親がギャングの金を盗んだばっかりに突然日本へ来ることになって、ボロい団地で暮らしていたらたまたまFXが当たって一夜にして金持ちになり、と思ったらギャングの追っ手が日本まで来て僕の恋人が池袋のバーで殺されたりしたけど、最後に思い返すのは君のことだ。波乱万丈な僕の人生のあらすじの残りカスである君だ。本当は人生に捨てるべき部分なんてものはなく、鰯の目刺しのようにまるまる食べられるものなのだ。だから君といた何でもない日常のことも、いや、君といた何でもない日常こそ大切だ。
僕の人生の余剰、無駄、残りカスである君へ、さようなら、大好きだ。愛している。
宇宙は馬鹿かと腰を抜かすほど広大なので、どこかに自分と全く同じ原子配列の人間がいるらしい。ドッペルゲンガー。もう一人の自分。さらに宇宙は無限に広く膨張を続けているから、僕と全く同じ時間を生きる僕もいるだろう。もしかしたらそいつが宇宙には無限大に存在するかもしれない。遠くの星で生きる僕たちへ。こんな時間にポエムなんて書くな。
言いたいことをそのまんま伝えようとしたって全部間違いだ。心に宿る思いはどの言葉にも代え難い。
問1、本文を100字で要約しなさい。これも嘘だ。要約するときに省かれたものが本質だからだ。
じゃあどうすればいいかというと、嘘を書けばいい。嘘を書け。マイナス掛けるマイナスがプラスなら、嘘に嘘を掛ければ本当になる。嘘で塗り固めて回り道をしまくった先に答えがある。
と言うが、これも嘘かもしれない。
桜臭い、桜臭い。世の中のありとあらゆるものが桜のイメージに埋め尽くされている。右を向けば桜味のフラペチーノ、左を向けばピンク色の暖簾、服、人、人……。そういう抽出されたイメージだけの、想像の「桜」たちをかき分けて道を歩くと、やっと家に着く。
家の前の道路には格好のつかない桜が咲いている。立派でもなく、ひょろひょろとして覚束ない。僕はそいつに近寄る。匂いはしない。たいしてピンクではない。むしろ白い。
この不格好な木の下だけが無臭で、清潔で春らしい。