【現実逃避】
「なあ峯。お前、ハリーポッター観たことあるか。入る寮を振り分けるあの帽子あるだろ。俺達があれ被ったらスリザリン行きになんのかな」
「は?突然何なんです。早く書類に目を通してサインしてください」
「峯はレイブンクローな気がする」
「会長」
「でも俺ハリーポッターは秘密の部屋までしか観てねぇんだ。ドビーって憎めねぇよな」
「知りませんよ。そもそも俺はハリーポッターなんて観たことありません」
峯は面倒くささを隠すことなく眉間に力を入れた。少しイラついている峯を気にもとめず大吾は机に頬杖をついてペンを回す仕草をする。
「あーあ。俺がこの万年筆を回したら全部の書類が頭ん中に入ってきてサインも書かれてりゃいいのに」
「会長、現実逃避もいい加減にしてさっさと仕事してください。そんなくだらないことばかり考えてるからいつまで経っても書類が減らないんですよ」
いくら毒づいたところで大吾は上の空だ。これは長期戦になるかもしれない、と諦念を持ち始めたとき。書類から完全に逸らされていた顔がふいに峯に向けられる。
「なあ」
「なんですか」
「キスでもしねぇ?そうしたら仕事すっから」
至極真面目な顔で言い放たれた大吾の言葉に、峯は何度目か分からないため息を吐いた。
【小さな命】
「たとえ鳴かなくても、動かなくても、この子達は立派に生きているんだよ」
そう言ってマリーゴールドの花弁ひとつを撫でる弥生の手つきと声は柔らかい。
家の敷地内にある庭園の一番奥には、弥生と大吾だけの秘密の場所が存在していた。二人で大事に育てた花々は、小さな空間を鮮やかに彩っている。
弥生はこの花園にいる間は「堂島宗平の妻」とは違うのだと幼い大吾は感じていた。小さな命と触れ合い、愛しみ、対話をしている間だけに見せる弥生の姿が大吾は好きだった。この場から一歩外に出れば「堂島宗平の妻」になる。部屋住の若衆達を極道として躾け、面倒を見ることにほとんどの時間を割いて忙しなくしている。大吾は世話係と共にそんな弥生を眺める他なかった。
そんな弥生が、隙を見て大吾を連れて来る場所がここだった。
ここでは誰も怒鳴り声をあげない。命令することもない。そしてようやく弥生はゆっくり大吾のことを見つめてくれる。
弥生が名前と共に教えてくれる花言葉を聞くと心が躍った。蕾だったものが花開いていたのを見るととても嬉しくなった。小さな命の鼓動を、他でもない弥生と共に感じられることが何よりも幸せだった。
【勿忘草(わすれなぐさ)】
東城会の大幹部である父の威厳を保つため、幼い頃から家は立派な日本家屋だった。庭には鹿威しや飛び石などがあったが、それよりも春になるとぽつんと咲く白色や青色をした小ぶりの花の方が大吾は好きだった。盆栽や大きな木々に囲まれ居心地の悪そうなその花を、母はまるで父の目から隠すように奥まった場所に鉢に植えて大切に大切に愛でていたのを覚えている。春になると咲き始めるその花を愛おしげに撫ぜる母に「このお花の名前はなあに?」と尋ねたが、歳を重ねた今となっては母が答えてくれた名前を忘れてしまった。
大吾は仕事で県外に来ていた。素朴な町だ。この閑静な空間が心地よい。
車窓から町並みをぼうっと眺めていると、小さな花屋が視界に飛び込んできた。思わず大吾は運転手に「停めてくれ」と声をかける。運転手は戸惑いの声をあげるが、もう一度「停めろ」と伝えると静かに車を寄せ停車した。
扉を開けた護衛に「着いてこなくていい」と命令し、困惑する顔たちを無視して花屋へ向かう。
花屋の店員はこちらを警戒と不安を抱えた表情で見ている。それはそうだろう。どう見てもカタギではない人間がこちらへ向かってくるのだから。
大吾はそんな店員に内心苦笑しつつ、大吾はなるべく穏やかに、記憶の中にある花の特徴を店員に伝えその花の名前が知りたいことを伝えた。すると花屋の店員は、「ああ、あれですね」とようやく顔をほころばせた。
「勿忘草だと思いますよ」
「わすれなぐさ?」
「はい。春に咲くお花でピンクや白色の種類もありますが、青色がとても美しいんです。このお花があるだけで花壇が華やかになりますよ」
「そうなのか。確かに家に咲いていたものも綺麗だったな」
「育て方も比較的簡単な方なので、初心者さんにもおすすめのお花です。花言葉は『真実の愛』などもありますが、わすれなぐさという名前にもあるように、『私を忘れないで』という意味もあるんです。あ、ちょうど昨日入荷したんですよ」
花屋の店員が持ってきた花は記憶の中にあったそれで、大吾は青色の小さな花束をひとつ購入して店から出た。
そわそわとしていた護衛たちは、大吾の姿が見えるとほっと息を吐いた。そのまま車に乗り込み、滑らかに走る車内で花を覗く。
母がしていたように触れてみても、ごつごつとした手に可憐な花は不釣り合いで苦笑が溢れる。
「私を忘れないで、か・・・」
母の背中と、それからひとりの男が瞼の裏に浮かぶ。
忘れられるわけねぇだろ、峯。
そう心の中で呟いて、大吾は感傷に浸りそうな自分を振り払うためにシートに身を預けて目を閉じた。
【今年の抱負】
遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
今年の抱負は、「自分用同人誌を一冊出すこと」です。
ジャンルごちゃ混ぜでも何でもいいから、とりあえず自分用の同人誌を一冊作る。
そのためにはいろんな本読んだりどんなに短くてもお話を書いてみたりする時間を昨年よりも増やしていけたらいいなと思っております。
ほどほどに、でも実現できるよう頑張っていこう。
趣味で充実した一年になりますように。
【1年を振り返る】
今年は一番お話を書いた年になりました。
飽き性なのでなかなか続かず完成させることができていないお話もあったり、ネタだけ浮かんで着手するまでに至らないものもたくさんあります。
ですが、そんななかでもお話を書いたり過去に書いたお話を手直ししたりと、自分にとっては創作に関わった年です。
来年もゆっくりとマイペースに創作活動していきたいと思います。
みなさま、良いお年を!