vivi

Open App
8/12/2023, 4:45:44 AM

【麦わら帽子】

夏の日差しには慣れているはずだった。
しかし体はすっかり忘れてしまったらしい。また、あの頃よりも年々増している猛暑がどんどん体力を奪っていく。

「藤真先生ー!暑いんだけど!」
「俺だって暑い。いいから手を動かせ。あと5分したら休憩入れるから」

そう言うと生徒たちは渋々といった様子で草むしりを再開した。

高校教師になってもうすぐ10年になろうとしていた。
膝を壊してしまったことによってバスケット人生を諦めた俺は、教師になることを選んだ。初めは体育教師になって今度こそ正真正銘の「監督」になることを望んでいた。しかし現実はそう上手くいくはずもなく、国語を担当している。

麦わら帽子のつばを上げ、空を見上げる。
そこにはあの頃と変わらない夏の空が広がっていた。
でも変わっていないのは空だけだ。

俺もずいぶんと変わった。
そりゃ10年も経てば人は変わる。取り巻く環境も、流れる時間のスピードも変わっていく。
いつまでもあの夏を懐かしむのはやめようと決めたはずなのに、この時期になるとどうしても思い出しては心の隅がじくじくとする時がある。

こめかみから流れる汗を手の甲で拭って立ち上がり、少しぐんと背を伸ばす。

現実を生きろ。

何度も言い聞かせてきた言葉を胸の中で呟いて、各々草むしりをしている生徒たちに声をかける。

「さあ、休憩しよう」


8/9/2023, 5:50:20 AM

【蝶よ花よ】


触れてみたいと思った。
艶やかな黒髪に、短い髭が生えて少しざらついている頬に、無骨で太い指先に、色も厚みも薄い唇に。触れてみたいと思った。思ってしまった。

「どうした?峯」

突然の声にハッとする。
おそらく無意識に観察してしまっていたのだろう。こちらを見あげている黒い瞳は少し戸惑いの色を含んでいた。

「珍しいな、峯がぼんやりしてるなんて」
「申し訳ありません」
「謝ることじゃねえよ。それより、一通り片付いたから飯でも食いに行かないか。腹がへって仕方ねえ」
「そうですね」

椅子の背もたれに身を預けて目頭を揉んでいる大吾さんの顔には疲労の色が浮かんでいる。頭の中に記憶してある飲食店のリストから今の大吾さんに合いそうな店をいくつかピックアップして伝える。

「んー。落ち着いた店もいいけどよ・・・今はハンバーガーの気分なんだよな」
「ハンバーガー?」
「ああ。スマイルバーガーが食いてえ気分」




(着地点が見つからないので途中まで。あとで編集する)

8/8/2023, 1:36:56 AM

お題:最初から決まってた


小さな、けれど高価なものが入っているのだろうと分かるような小さな箱を差し出して仙道は言った。

「俺とずっと一緒に居てください」

小箱を受け取り蓋を開けると、そこには指輪がふたつ並んでいた。

「お前、これ・・・」
「藤真さんとずっと一緒に居たいんだ。どんな時も」

頬に温かさを感じる。仙道の手のひらに導かれるように、俺は顔を上げた。
仙道の顔は真剣で、それでいて緊張している様子だ。こんな表情もするんだ、なんてのん気に考えてしまった。

一体どれほど悩んだんだろう。どれだけの勇気が要っただろう。頬に当たっている仙道の手は汗で湿っていて微かに震えている。

返事なんて、そんなの最初から決まっていた。

仙道の手に手を重ねる。

「ああ、一緒に居よう」