「ごめんね」
「いや、こちらこそ、困らせちゃってすみません」
好きだった年上の人に振られてしまった。
自宅近くのごはん屋さんで、たまたま隣の席になった彼とは、お店で会うと話すようになった。
8つ上の大人の男性。
大学生の私は、相手にされなかった。
「もし、私が椎名さんと同じ歳だったら、私のこと好きになってくれましたか?」
「ごめんね」
曖昧な返事をするずるい人。
そういうところも、好きだった。
「また、ご飯食べてくれますか?」
「もちろんだよ」
そう言って優しく笑う彼。
しばらく忘れられそうにないけれど、もう彼を困らせたくないから、しばらくは私1人で抱えようと思った。
もう少しだけ、好きでいさせて下さい。椎名さん。
〜 椎名side 〜
未来に希望がたくさん詰まっている彼女。
30代に差し掛かる僕には、眩しかった。
「椎名さん、おやすみなさい」
無邪気に笑うところとか、ご飯を頬張って幸せそうに食べるところとか、真っ直ぐすぎるところとか、僕の方がやられていた。
手を振って僕と反対方向に歩く彼女の背中が、小さくなっていく。
もしも、同じ歳だったなら
もしも、同じ歳に戻れたなら
「すきになってたよ、きっと」
彼女の背中が消えてから、僕は足を動かした。
《もしもタイムマシンがあったなら》
淡栗色のふわふわの髪の毛
大きい瞳に華奢な身体。
可愛いが詰まった女の子。
私とは正反対の女の子。
「最近、仲良いよね」
「委員会同じだから、それでね」
回りくどい聞き方をする私はずるい人間だ。
でも、何もないみたいに誤魔化す貴方も、ずるい人だ。
彼とは、付き合って半年が経つ。
片思い歴も含めれば1年半。
告白してくれたのは彼だけど、先に好きになったのは私の方だった。
「私たち、友達にもどろっか」
「え?」
「友達としての方が楽しかったなって、思って、」
そういう私に、ほっとした顔をする貴方。
すぐ顔に出ちゃうところが、好きだった。
「実は、俺もそう思ってて、美波も同じなら良かった」
「そっか、私たち気が合うね」
「そうだね」
そうやって、無邪気に笑うところも好きだった。
「あ、そういえば、清水さんは短髪の男の人が好きだって言ってたよ」
「別に俺、そういうのじゃないけど、、そういうのじゃ、ないと思うんだけどな、」
「別に、ただの私の独り言だよ」
「なにそれ、どういうこと?」
そう言って笑う貴方の笑顔を見て安心した。
これで正解だったんだって。
「んー、」
貴方の視線の先に映るのが、もうとっくに、私じゃなかったこと。
私が最後まで、誰を好きだったのかなんて、そんなの、
「分からなくていいよ」
《視線の先には》
「高峰って分かりやすいよね」
「え、なに、急に」
「別に〜」
私の斜め前に座る高峯は、授業中も、窓際を見ているような奴だった。
窓際にいる私の親友のことを、飽きもせず、ずっと見ているような奴だった。
そんな高峰の背中を、私はずっと見ていた。
「湯原はさ、めっちゃ寝てるよね」
「失礼だな、寝てないよ」
「あんなに机に突っ伏してるのに?」
寝たフリ、してるだけだよ。
なんて、高峰には絶対に言えないけれど、
それでも、寝ていると思われていて安心した。
「高峰は、ずっと窓際見てるよね」
「なんで知ってるの」
「だから寝てないって言って....」
そこまで言って、私は大切なことに気がついた。
「なんで私が机に伏せてるの知ってるの?」
私はずっと、窓際を見つめる高峰の背中を見ていた。
高峰は、私に背中を向けているはずなのに、どうして?
「あー、今のやっぱなかったことにしていい?」
「いやいや、え、どういうこと?」
疑問だらけの私を見つめて高峯は、耳を触った。
「窓に反射してるからじゃん、湯原が、」
耳を触るのは、照れた時の高峰の癖だった。
《これまでずっと》
「あー、私の彦星様はなんで迎えに来てくれないの!」
「彦星様って...」
と、隣で苦笑するこいつは、私の幼馴染の久我悠真。
「大体、彦星様に会いたいなら、毎日毎日俺の部屋に入り浸るなよ」
「どうせ暇なくせに!というか、そっちが女避けしたいとか言ってたから私は!」
そこまで言って、私は大きなため息をついた。
悠真は、昔から嫌な程にモテていて、私は、悠真と幼馴染だということを羨ましがられて生きてきた。
「悠真と幼馴染やめたい」
「お前なあ〜」
幼馴染という肩書きは、私にとっては、酷だった。
1番近くにいるのに1番遠い存在だったから。
「俺だって、お前と幼馴染なんて辞めたいよ」
「そうだよね、ごめん、帰るね」
急に笑わなくなった悠真を見て、失敗したと思った。
私と悠真の辞めたいは違う意味だと分かったから。
バッグを、握りしめて今にも泣きそうな気持ちを必死に抑えた。
「俺は、お前の彦星様になりたいんだよ」
「...え?」
「キャラじゃないから言わせないで、ほんと」
見たことないほど顔の赤い悠真につられて私も顔が熱くなるのを感じる。
「なんで顔赤いの、悠真、」
「うるさい、返事、くれないの?」
「そんなのっ..!」
もう、分かってるくせに
《七夕》