NoName

Open App
9/8/2024, 3:27:38 AM

絶対に、好きになったらいけない人だった。
アロマンティック、というやつなのだと思う。
彼は、他者に性的感情は抱いても、恋愛感情は抱かない人だった。
だから、好きになったらゲームオーバー。

「私、絶対に樹くんみたいな人は好きになりたくない」
「えぇ、ひどいなぁ、なんで?」
「報われない恋愛なんてしたくないでしょ」
「んー、樹くんを変えてやろう!とはならないの?」
「今までそうしてきた子達が無理だったのに、私なんかが変えられるわけないじゃん」
「卑屈だな〜」

卑屈じゃなくて事実だった。
樹くんは、話し方とか仕草とか、女の子が好きになる要素をたくさん持っている人だった。
そんな彼を好きになる子は多く、その度に彼はその子たちに恋愛感情を抱かないと言っていた。
そうして彼を変えようとした、私よりも可愛い女の子たちが見事に散っていくのを、私は近くで見ていた。
だから、芽生えたこの気持ちは隠し通さなければ、彼とはもう一緒に居られないと分かっていた。

「雪、好きな人欲しいの?」
「まあ、できたらいいなとは思うけど」
「そっか、じゃあ俺にもチャンスはあるんだ」

そう言って嬉しそうに笑う樹くんに溜息が溢れた。

「樹くん、そういう思わせぶり、みたいなの辞めた方が良いよ。女の子、勘違いしちゃうよ。」
「勘違いじゃないよ」
「勘違いしちゃうって、」
「だって、雪の好きになる人、俺がいい」
「いや、樹くん、恋愛感情とか抱かない人でしょ。」
「うん、そうだった。そうだったんだけど、雪が俺のこと変えたんだよ」

真っ直ぐに見つめてくる樹くんと目が合って、呼吸が止まるような感覚に陥る。
私は、こうやってこの人の手のひらで踊らされている。

「それ、冗談?そうなら笑えないんだけど」
「なんてこというの。一応、俺の初恋、なんですけど」

顔を赤く染める彼の表情を、私は初めて見た。

「それって、私のことすきってこと?」
「うん、雪がすきだよ。」

私は、確かに胸が高鳴る音を感じた。



《踊るように》

8/31/2024, 9:28:02 AM

街ですれ違った人から君と同じ香水の香りがして、君の笑顔を思い出してしまった。
どうやら、匂いは記憶に残るらしい。

「そういうの、プルースト効果っていうんだって」
「へえー、そういうの詳しいよね」

唯一の女友達とファミレスのサラダを分けながら、君のことを思い出した現象の名前を教えてもらった。
僕と君はお互いのことを全て知っているほど近い距離ではなかったし、僕の片思いで終わってしまったけれど、デートで君が纏ってた香りと同じだった。
たった1回のデートだったけれど。

「唯斗、三鷹さんのことまだ好きなんだね」
「好きとかじゃないよ、ただ、忘れられないだけ」
「あー、ツァイガルニク効果?ってやつだ!」
「そんな効果の名前言われても、分からないけど」
「まあ、簡単に言うと、実らなかった恋の方が記憶に残るよねってこと!」
「へえ、そうなんだ」

確かに、と納得してしまった。
君と付き合えていたら、僕は君を忘れられていたのかもしれない。
君は、今頃どこで何をしているのだろうか。
そんなことを思い返しながら、店員さんが運んでくれたパスタに手をつけ始める。

「次は、ザイオンス効果に期待だな〜」
「なにそれ」
「んー、何年も一緒にいる2人は、相乗効果で頭良くなるよ!みたいな」

嬉しそうに話す効果の名前は、カタカナが多すぎて最早何かも覚えられない。

「何その胡散臭い効果」
「私たちもう何年も一緒にいるけど、この効果だけは全く効き目がないんだよね」

はあ、と溜息をつく彼女を見て笑う僕、それを見て笑う彼女。
僕は君を思い出す度に、彼女にいつも助けられていた。
ご飯を一緒に食べて、話を聞いてくれる。
そういう優しさが有り難くて、ずっと友達でいたいと思った。

「私もね、好きな人の匂いがすると振り返っちゃうんだ、一緒だね。」

だから、彼女の言葉に胸が傷んだ気がしたのは、きっと気のせいなんだと思う。



※ ザイオンス効果 :単純接触効果のこと。相手に何度も繰り返し接触することにより、だんだん評価や好感度が高まっていくという効果。


《香水》

8/28/2024, 1:10:16 PM

〜 side A 〜

「来ちゃった」

玄関の前で笑うその人は、2年前に別れた元恋人だった。

「来ちゃった、っていうか、来ちゃダメでしょ」
「だって頼れる相手、他にいなかったんだもん」
「また喧嘩したの?」
「まあ、そんなところかな」

その人には、恋人がいた。
別れて1年と半年が経った頃に突然やってきて、僕じゃない新しい恋人との相談をしにやってきた。
その日から、何かあると僕の家に来るようになった。

「それ、飲むなら上がって」
「ありがと」

数本の缶チューハイとおつまみが入ったビニール袋を指すと、部屋に上がって2人で晩酌する。
ここまでが、いつもの流れ。

「そっちは、彼女さんと上手くやってる?」
「まあ、そっちみたいに喧嘩はしてないよ」
「そっか、いいな〜」

開けた缶を見つめて寂しげに笑う君。
新しい恋人が好きで仕方がないのだということは、今までの話を聞けば分かる事だった。

「彼女さんって、どんな人だったっけ?」
「綺麗な人だよ。月、みたいな。皆から大丈夫って思われがちな人なんだけど、本当は守ってあげないといけない人。」
「ベタ惚れじゃん」

どこを見渡しても、恋人がいる痕跡の無い部屋。
必死に作り出したのは君とは正反対の彼女像。
僕に恋人が居ないことは君にバレてはいけなかった。
だから、君に僕が君以外を好きだと思われてよかった。
僕は、君の相談をのる名目でしか君に会えないから。



〜 side B 〜

会う理由がなきゃ会えない関係性。
優しい貴方なら、受け入れてくれるという賭け。
ただ、そばに居たいだけだった。
別れて1年経った頃、コンビニで見かけた貴方は綺麗な女の人といた。私とは似ても似つかないその人と話す貴方の顔をみて、私は、会う口実を一生懸命探した。

「私も、喧嘩なんかしたくなかったんだけどな」

それは、私の本音だった。
小さい喧嘩の積み重ね、耐えきれなくなったのは私の方で、我儘すぎるくらい自分勝手な理由だった。

「喧嘩するのだってさ、2人にとっては大切なことだよ」
「ありがとう、彼女さんと幸せになってね。」

心から、貴方が幸せになれますように。
素直な貴方の本音と、嘘つきな私の本音だった。



〜 side C 〜

入社してきた彼を見て、時が止まった気がした。
一目惚れっていうものを、人生で初めて知った。
真面目に仕事をする姿も、笑った時に見える八重歯も、困った時に片方だけ下がる眉毛も好きだった。
だから、髪が短くて小柄な人を見かける度に視線を持っていかれているあなたを見て、大切な人がいることに気がついてしまった。

「大切な人って、どんな子?」

所詮は過去の人、勝てると思った。
でも、私の質問にふわっと優しく笑って、愛しそうな顔をする彼を見て、気づいてしまった。

「太陽みたいな人です。」
「太陽?」
「自分のことは自分で守れるような、強い人なんです。明るくて、ひたむきで、暖かくて、僕が居なくても大丈夫なんだなって、それでも守ってあげたいと思ってました。」
「その人のこと大好きなんだね」

私の想いがいつか消えて、心から応援できるようになった時、私は彼女に会ってみたいとそう思ってしまった。



《突然の君の訪問。》

7/22/2024, 1:05:56 PM

「ごめんね」
「いや、こちらこそ、困らせちゃってすみません」

好きだった年上の人に振られてしまった。
自宅近くのごはん屋さんで、たまたま隣の席になった彼とは、お店で会うと話すようになった。
8つ上の大人の男性。
大学生の私は、相手にされなかった。

「もし、私が椎名さんと同じ歳だったら、私のこと好きになってくれましたか?」
「ごめんね」

曖昧な返事をするずるい人。
そういうところも、好きだった。

「また、ご飯食べてくれますか?」
「もちろんだよ」

そう言って優しく笑う彼。
しばらく忘れられそうにないけれど、もう彼を困らせたくないから、しばらくは私1人で抱えようと思った。
もう少しだけ、好きでいさせて下さい。椎名さん。



〜 椎名side 〜

未来に希望がたくさん詰まっている彼女。
30代に差し掛かる僕には、眩しかった。

「椎名さん、おやすみなさい」

無邪気に笑うところとか、ご飯を頬張って幸せそうに食べるところとか、真っ直ぐすぎるところとか、僕の方がやられていた。
手を振って僕と反対方向に歩く彼女の背中が、小さくなっていく。

もしも、同じ歳だったなら
もしも、同じ歳に戻れたなら

「すきになってたよ、きっと」

彼女の背中が消えてから、僕は足を動かした。



《もしもタイムマシンがあったなら》

7/19/2024, 2:14:22 PM

淡栗色のふわふわの髪の毛
大きい瞳に華奢な身体。
可愛いが詰まった女の子。
私とは正反対の女の子。

「最近、仲良いよね」
「委員会同じだから、それでね」

回りくどい聞き方をする私はずるい人間だ。
でも、何もないみたいに誤魔化す貴方も、ずるい人だ。
彼とは、付き合って半年が経つ。
片思い歴も含めれば1年半。
告白してくれたのは彼だけど、先に好きになったのは私の方だった。

「私たち、友達にもどろっか」
「え?」
「友達としての方が楽しかったなって、思って、」

そういう私に、ほっとした顔をする貴方。
すぐ顔に出ちゃうところが、好きだった。

「実は、俺もそう思ってて、美波も同じなら良かった」
「そっか、私たち気が合うね」
「そうだね」

そうやって、無邪気に笑うところも好きだった。

「あ、そういえば、清水さんは短髪の男の人が好きだって言ってたよ」
「別に俺、そういうのじゃないけど、、そういうのじゃ、ないと思うんだけどな、」
「別に、ただの私の独り言だよ」
「なにそれ、どういうこと?」

そう言って笑う貴方の笑顔を見て安心した。
これで正解だったんだって。

「んー、」

貴方の視線の先に映るのが、もうとっくに、私じゃなかったこと。
私が最後まで、誰を好きだったのかなんて、そんなの、

「分からなくていいよ」



《視線の先には》

Next