NoName

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街ですれ違った人から君と同じ香水の香りがして、君の笑顔を思い出してしまった。
どうやら、匂いは記憶に残るらしい。

「そういうの、プルースト効果っていうんだって」
「へえー、そういうの詳しいよね」

唯一の女友達とファミレスのサラダを分けながら、君のことを思い出した現象の名前を教えてもらった。
僕と君はお互いのことを全て知っているほど近い距離ではなかったし、僕の片思いで終わってしまったけれど、デートで君が纏ってた香りと同じだった。
たった1回のデートだったけれど。

「唯斗、三鷹さんのことまだ好きなんだね」
「好きとかじゃないよ、ただ、忘れられないだけ」
「あー、ツァイガルニク効果?ってやつだ!」
「そんな効果の名前言われても、分からないけど」
「まあ、簡単に言うと、実らなかった恋の方が記憶に残るよねってこと!」
「へえ、そうなんだ」

確かに、と納得してしまった。
君と付き合えていたら、僕は君を忘れられていたのかもしれない。
君は、今頃どこで何をしているのだろうか。
そんなことを思い返しながら、店員さんが運んでくれたパスタに手をつけ始める。

「次は、ザイオンス効果に期待だな〜」
「なにそれ」
「んー、何年も一緒にいる2人は、相乗効果で頭良くなるよ!みたいな」

嬉しそうに話す効果の名前は、カタカナが多すぎて最早何かも覚えられない。

「何その胡散臭い効果」
「私たちもう何年も一緒にいるけど、この効果だけは全く効き目がないんだよね」

はあ、と溜息をつく彼女を見て笑う僕、それを見て笑う彼女。
僕は君を思い出す度に、彼女にいつも助けられていた。
ご飯を一緒に食べて、話を聞いてくれる。
そういう優しさが有り難くて、ずっと友達でいたいと思った。

「私もね、好きな人の匂いがすると振り返っちゃうんだ、一緒だね。」

だから、彼女の言葉に胸が傷んだ気がしたのは、きっと気のせいなんだと思う。



※ ザイオンス効果 :単純接触効果のこと。相手に何度も繰り返し接触することにより、だんだん評価や好感度が高まっていくという効果。


《香水》

8/31/2024, 9:28:02 AM