絶対に、好きになったらいけない人だった。
アロマンティック、というやつなのだと思う。
彼は、他者に性的感情は抱いても、恋愛感情は抱かない人だった。
だから、好きになったらゲームオーバー。
「私、絶対に樹くんみたいな人は好きになりたくない」
「えぇ、ひどいなぁ、なんで?」
「報われない恋愛なんてしたくないでしょ」
「んー、樹くんを変えてやろう!とはならないの?」
「今までそうしてきた子達が無理だったのに、私なんかが変えられるわけないじゃん」
「卑屈だな〜」
卑屈じゃなくて事実だった。
樹くんは、話し方とか仕草とか、女の子が好きになる要素をたくさん持っている人だった。
そんな彼を好きになる子は多く、その度に彼はその子たちに恋愛感情を抱かないと言っていた。
そうして彼を変えようとした、私よりも可愛い女の子たちが見事に散っていくのを、私は近くで見ていた。
だから、芽生えたこの気持ちは隠し通さなければ、彼とはもう一緒に居られないと分かっていた。
「雪、好きな人欲しいの?」
「まあ、できたらいいなとは思うけど」
「そっか、じゃあ俺にもチャンスはあるんだ」
そう言って嬉しそうに笑う樹くんに溜息が溢れた。
「樹くん、そういう思わせぶり、みたいなの辞めた方が良いよ。女の子、勘違いしちゃうよ。」
「勘違いじゃないよ」
「勘違いしちゃうって、」
「だって、雪の好きになる人、俺がいい」
「いや、樹くん、恋愛感情とか抱かない人でしょ。」
「うん、そうだった。そうだったんだけど、雪が俺のこと変えたんだよ」
真っ直ぐに見つめてくる樹くんと目が合って、呼吸が止まるような感覚に陥る。
私は、こうやってこの人の手のひらで踊らされている。
「それ、冗談?そうなら笑えないんだけど」
「なんてこというの。一応、俺の初恋、なんですけど」
顔を赤く染める彼の表情を、私は初めて見た。
「それって、私のことすきってこと?」
「うん、雪がすきだよ。」
私は、確かに胸が高鳴る音を感じた。
《踊るように》
9/8/2024, 3:27:38 AM