"記憶のランタン"
麦わらで編んだホタル籠や、灯りを入れた竹籠なんかもランタンの一種なのかな。
昔は地元に蛍がいて、時期になると地域のイベントとして蛍狩りが行われていた。
親子連れや友達同士で誘い合わせて川辺に向かう人々をひらひらと手を振って見送る。
虫取りには興味が湧かなかったし、人が大勢いる状況下で蛍を観るよりは会館の中で留守番する方が良かったから、いつも居残り組のご年配の方々に教えてもらって麦わら細工や竹細工をしていた。
ああいう細工物って時間と材料さえあれば延々と作ってしまうから、毎回作りすぎてしまうんだよなぁ。
バザーに出すから幾らあっても困らん、と皆さん笑っていたけど。
蛍取れなかった、としょんぼりして帰ってきた小さい子たちには、編んだ竹籠の中に灯りを入れて渡した。
俺たちにもくれ、というそこそこ大きい奴らには、竹籤をそのまま投げ渡したけどね。
"君を照らす月"
君を照らす月もまた、太陽によって照らされている。
太陽は自ら莫大な熱と光を生み出し輝けるけれど、
誰も太陽自身を照らしてはくれないんだね。
"木漏れ日の跡"
調べ物をするために貴女と一緒に図書館に行った日。
ふと視線を上げると、本を開いたまま貴女がうつらうつらとしていた。
窓越しに木々を透かした日差しが入り込んで、
机も椅子も温かくて。
ぬくぬくとした席は、眠たくなるのも仕方無いよね。
柔らかな日差しに包まれて、髪や睫毛なんかがきらきらしていて綺麗で。
起こした方がいいのかな、と思いながらもほんの少しだけ、本から視線を外して貴女を眺めていた。
久しぶりに訪れた図書館。
いつも座っていた窓際の席は、時間が止まっているかのような錯覚を起こすほど変わりがなかった。
温められた机の表面にそっと触れる。
あの時、貴女は確かにここにいた。
"ささやかな約束"
一緒に暮らすようになって間も無い頃。
扉を開けて"おかえり"と貴女を迎えると、大きく目を見開いた貴女はぴたりと動きを止めた。
あれ、と首を傾げる僕の目の前で、綺麗な瞳がじわりと潤んでいく。
唖然として見つめる僕に、貴女は"ただいま"と掠れた声で呟いて、ぎゅっと抱きついてきた。
どうしたの、何かあったの、と慌てる僕に、貴女は顔を上げないままゆっくりと首を横に振る。
そして。
帰りたい家ってこんな感じなのかぁ、と涙声で零して、笑った。
『いってきます』『いってらっしゃい』
『ただいま』『おかえり』
『おはよう』『おやすみ』etc……。
生家ではそういった類いの会話が全く無かったから、普通の、こうしたやりとりに憧れがあったんだと貴女は言った。
一方通行の言葉と無関心、あるいは暴力や蔑み、苛立ちに塗れた家はただの檻で、空っぽの入れ物でしかなかったと。
遠い昔、頬を腫らして玄関扉の前で膝を抱えていた貴女を知っている。
家に帰りたくないと、何処か遠くに行きたいと泣いていた貴女の姿を知っていたから。
だから、ひとつ、取り決めをした。
いつだって貴女の帰りたい居場所であれるように、
その第一歩として。
どんな時も、どんなに疲れていても、たとえ喧嘩したとしても、ちゃんと互いの目を見て挨拶をすること。
それが、貴女と交わしたささやかな約束、そのひとつ目となった。
"祈りの果て"
願いも、祈りも、もう手遅れで。
叫びたかった言葉はとっくのとうに擦り切れた。
それでも。
目を閉じ、手のひらを合わせ、頭を垂れる。
それだけで何も変わらないと、もう知ってはいても。