"ぬるい炭酸と無口な君"
そういえば、昔、鶏肉のコーラ煮を作ったことがあったっけ。知り合いに美味しいと教えてもらって、丁度材料があったから作ってみることにしたんだ。
最終段階、コーラと醤油で煮込んでいると、匂いにつられた貴女がヒョイと台所を覗き込んできた。
くつくつと順調に煮込まれている鶏肉。
甘い香りを漂わせる、鍋の中の黒い液体。
空になったコーラ缶をじっと見つめた貴女が、
こいつ、正気か……?という顔をしたのを覚えている。
いや、本当にこういう料理なんだって、と言っても懐疑的な眼差しは変わらず。
味見で一欠片差し出すと、無言でもぐもぐ頬張った後、おかわりを要求されたけど。
料理が口にあうと、口数が減るのが貴女だった。
美味しいものにはじっくり向き合わないといけないから、らしい。
ちょっと目を細めて機嫌良さそうに食べる姿を見たくて、色んな料理に手を出したなぁ。
今じゃもう全然だ。
自分一人のために凝った料理を作るのは億劫なんだよな。
"波にさらわれた手紙"
実写版アラジンの劇中歌に、Speechlessという曲がある。
"Here comes a wave meant to wash me away"から始まる歌だ。
何というか、……強いよね。
これを、雰囲気は壊さずに伴奏にマッチした文字数におさめた翻訳者さんも凄いよなぁ。
原曲も日本語版もどっちも綺麗で、個人的には
"A Whole New World"よりも好み。
Speech is silver, silence is golden(雄弁は銀、沈黙は金)と言われるけど。
確かに度を過ぎたお喋りはいらぬ災いを招くけどね。
けれど、黙っていたら全てを失う時が来る。
大きな波に掻き消されないように声を上げなきゃいけないのは分かっているけど、怖いよな。
そんな時、ほんの少しだけ背中を押してくれる何かが自分の中にあれば良いと思う。
"眩しくて"
ジリジリと焼け付くような光の熱さ。
たった一人に集中する劇場すべての視線。
茫然と座り込むきみを、眩しく輝くスポットライトが照らし出す。
その笑顔も、怒りも、涙さえも見世物。
大衆に消費される娯楽に過ぎない。
喝采を浴びて、あるいは野次を飛ばされながらも、幕が下りるその時までは舞台を降りることは許されない。
俯き、肩を震わせるきみ。
それでも、その身にかかる重圧の一切を跳ね退けて勢いよく顔を上げた。
大きく声を張り上げ、力強く拳を振り下ろす赫灼とした姿にそっと息を吐き、ゆっくりと席を立つ。
劇場の重厚な扉を閉める時、観客席に向けられた瞳と視線がかち合った気がして。
煮え滾るような焦熱の赤を、そこに見た。
"熱い鼓動"
かかりつけの医院で健康診断を受けてきた。
血圧が低すぎて、再度測り直した後、
"ちゃんと生きてるか?"と言われた。
ひどい。
血液検査の結果でも、
"栄養が足りてない、そこらの爺さん婆さんの方がいい数値してるぞ "とため息を吐かれた。
ひどくないか?
身体がだるいのはいつものことだし、
頭痛も眩暈も耳鳴り動悸もみんな揃ってお友達。
それでも普通に動けているんだから、
強いというかしぶといというか。
人体って意外と頑丈だよね。
"ここ最近なに食べたか言ってみろ "と質問されて、
なんとか煙に撒こうとしたら滅茶苦茶怒られた……。
だって、流石に一日一食素麺生活は正直に言うと不味い気がしたんだよ。
違うんだ、最近忙しかったから……。
それとお中元で沢山貰ったから……。
決して面倒臭くて手を抜いていたわけじゃなくて……、まぁ湯掻くのすら手間でたまにそのまま食べたりしてたけど。
昔からの付き合いだから、ポンコツぶりがバレてしまっているのが痛い。
遠慮なしにズバズバ言われるし。怒られるし。
良い先生なのは分かっているんだけどなぁ。
"休め、そしてしっかり食べろ" と言われたので、夏休はのんびり過ごすことにする。
まぁ夏休は二日間なんだけどね。
ハハッ、ただの二連休じゃん……。
世の中狂ってやがる。
"涙の跡"
"笑いもせんし、泣きもせん。
ほんに気味の悪い子や"
そう零した祖父の顔を見て、
ああ失敗したなぁ、と思ったのを今でも覚えている。
僕がもっとまともな人間だったら。
子供らしく笑って泣ける、人間だったら。
祖父にあんな顔をさせずに済んだのだろうか。