ミヤ

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5/7/2025, 11:19:20 PM

"木漏れ日"

涼やかな風と、葉擦れの音。
人の声は遥かに遠く、木々を透かした柔らかな陽射しが眠気を誘う。
本を読んでいたはずが、いつの間にかうとうとと微睡みの中にいた。

こちらに近付く足音に、ふ、と意識が浮上する。
抜き足差し足忍び足。
僅かに漏れる、隠し切れない笑みの気配に貴女だと直感する。
貴女ならいいか、と固まりかけた意識を再度微睡みに蕩かせた。

そろそろと近づいてきた足音が止まり、息を詰めるような間のあと、声を潜めて笑う気配。
ゆっくりと頭を撫でられる感触を最後に、深い眠りに落ちていった。

5/6/2025, 11:26:23 PM

"ラブソング"

明るい曲調で、先の無い階段を一段ずつ上がっていくような。
どこかで掛け違えて狂った歯車のような。
壊れた青い空のような、
そんな死へのラブソングを聴きたくなる日もある。
生への賛美を歌った曲が時々ひどく息苦しい。

5/5/2025, 12:42:23 PM

"手紙を開くと"

万年筆を紙面に滑らせる。
仕事の時は専ら楷書で書くけど、私書はつなげ字で書くことが多い。筆記体もそうだけど、そっちの方が速いんだよね。それに、手紙を開けた時に紙面が柔らかい感じがする。
普通に書くと印刷したようで面白味がないからなぁ。
読みやすいとは言われるけど、業務連絡みたいな感じになる。

貴女の字も特徴的で、カードを貰った時には嬉しかったんだよな。
自己満足だとしても、どうせ送るなら少しでも喜んでもらえたらと思ってしまう。

5/4/2025, 10:28:02 PM

"すれ違う瞳"

人間だと目を合わせて話すことが礼儀とされている。でも、猫の場合だとそれはマナー違反なんだよな。
じっと目を合わせることは威嚇や挑発の意味があるらしい。
ふい、と逸らされ、すれ違う瞳は敵意がない証だ。

最近、仕事帰りに同じ猫を見かける。
黒猫とオレンジの縞猫、白黒のぶち猫の三匹。
近所で飼われているのか、それとも野良猫なのかは分からない。
最初は近付くたびに逃げられていた。
近頃は一瞬こちらを見た後、ふいと目を逸らして毛繕いを続けるまでになった。
見ているだけで物凄く癒される。

人間より猫の方がずっと良いよ。
そこに存在するだけで気持ちを和ませてくれるのってすごいよなぁ。職場にも猫を導入してくれないだろうか。

5/3/2025, 11:10:46 PM

"青い青い"

祖父は、彼女の命日には決まって正体を無くすほど酔い潰れた。
僕を横に置いて彼女の思い出話をするか、彼女の写真を前に延々と謝罪を繰り返すか。
僕は相槌を打ちながら、祖父に酒の代わりに麦茶を注いだり、つまみを勧めながら自分もこっそり食べたりするのが常だったのだけれど。
"お前の顔はあの子によう似とるわ。せやけど、その目だけはあのロクデナシと同じ色やな "
その日、ひどく酒に酔った祖父はそう吐き捨てたあと眠ってしまった。

祖父に毛布を掛けて部屋を辞した後、洗面所に向かった。しん、と静まった廊下を歩く度、奇妙なほど青に沈んだ空間に足音だけが鈍く反響した。
パチリ、と電灯を点けると、ジジジッという微かな音と共に白々しい光が広がる。
ぐいっと身を乗り出し、鏡に顔を映した。

鏡の中から無表情にこちらを見返す視線。
祖父とも祖母とも彼女とも色味の違う、光を透かすと青みがかって見える虹彩。
彼女が時折僕の目を覗き込んで泣いていたのはそのせいか。
彼女がずっと待っていた"あの人"。
最後まで迎えに来ることはなかった"あの人"。
それと、同じ色を持っているのか。

その事実がようやく飲み込めた時、衝動的に自分の瞳に指先を触れさせていた。
部屋にいない事を気にした祖母が探しに来なかったら、そのまま抉り出していたかもしれない。
昔から行動が極端なんだよなぁ。
病院で診察を受けた後、無事眼窩におさまる眼球に思わず舌打ちしてしまった。
真っ青になった祖父母にもう二度としないことを誓わされたけど、正直自信はなかった。
ただ、幸いと言うべきか、それから極度に視力が落ちたから眼鏡をかけることになった。
硝子を一枚挟んだだけでほとんど目立たなくなるんだから大したものだと思う。


こればかりは貴女に綺麗な色だといくら褒められても一ミリも好きになれなかった。

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