ミヤ

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4/22/2025, 6:03:19 AM

"ささやき"

厳冬期、マイナス10度以下の気温。
快晴で無風状態である等、限られた条件下では、細かな氷の結晶が太陽の光を反射しながら辺り一面を舞うダイヤモンドダストが発生する。その際、さらさらという小さな音が聞こえるらしい。
空気中の水蒸気が凍っていく微かな音。
あるいは、氷の結晶が空中で互いに衝突したり、地面に落ちることで生じる音だそうな。
そしてそれを、天使のささやきと呼称するんだって。
一度聞いてみたいなぁ。

4/20/2025, 5:30:55 PM

"星明かり"

仕事を始めたばかりの頃、終電を逃して夜道を歩いていると、誰もいない公園に差し掛かった。
公園って遊んだことが無くても何となく懐かしい気がするのは何でだろうね。
滑り台やブランコ、砂場なんかを巡って、最後にジャングルジムに辿り着き、隙間だらけの遊具に手をかける。若干苦労しながら登り、天辺に腰掛け空を眺めた。

周囲に灯りの無い場所からは星がよく見えた。
星を見るにもセンスってものが必要なんだと思う。
幾ら星座の名前と形を知識として知ってはいても、実際に見ると全然見つけられないんだから。
辛うじてオリオンの三ツ星、赤いベテルギウス、一番明るいシリウスが分かるくらい。それでも空一面の星は言葉が不要な美しさだった。

そろそろ帰らなきゃな、と思いつつも降りるのが億劫で、そのままぼんやり星を見ていた時。
不意に、声をかけられた。

下を見ると、懐中電灯を持ったお巡りさんが立っていた。僕と視線を合わせてニッカリ笑った彼は、そんな所に登っていると危ないぞ、早く降りて来い、と手招きした。

彼はジャングルジムから降りた僕をベンチに座らせ、飲み物を奢ってくれた。
そして、俺も若い時は〜、と何やら語り出した。
家出だと思われているな、とすぐ気付いたけど、まぁ飲み物代分くらいは話に付き合うか、と口を挟まずにいた。彼の語り口は上手く、それなりに波瀾万丈な人生譚は興味深かった。
昔は悪ぶった餓鬼だったという彼の半生と、今の職務に就くきっかけ、やりがいはあるがそれでも理想と現実のギャップに苦しむことがあるという事、子供さんが反抗期真っ盛りだという家庭の悩みを聞いた辺りで、そろそろいいかと暇を告げることにした。

家まで送っていくと言ってくれた彼に、大丈夫ですと断って、身分証と名刺を見せた際の反応はなかなかの見ものだった。
ちゃんとスーツ着ていたんだけどな、ドンマイ。
お仕事頑張って下さい、と言って別れた。

それからも何度か夜道で顔を合わせる機会があり、彼が定年退職してからもしばらくは近況報告の連絡が来ていたが、やがてはそれも途絶えた。
一際寒さが厳しかった年の冬が明ける頃、彼の子供さんから彼の逝去を告げる電話があった。

葬儀には、かつての反抗期が無事終わった子供さんとお孫さん達、彼が改心させたという元不良少年・不良少女、元職場の同僚や部下など大勢の人が参列していた。黒い喪服の群れに、白いシャツやハンカチ、真珠のネックレスや数珠がチラチラと星明かりのように瞬いて見えて。一等高い正面の祭壇には、いつか見た、太陽のようにニッカリ笑う彼の写真が飾ってあった。

4/19/2025, 10:10:26 PM

"影絵"

障子窓の隙間から見える満月に向かって手を組み合わせる。用意した電灯のスイッチを入れると、伸びた影が大きく映し出された。
大きな口を開いて今まさに月を飲み込まんとする、狼の影絵。
時間を変えれば、太陽を追いかける狼の姿だって作り出せる。

スコルもハティも、影であれば自在に操ることが出来た。ブレーメンの音楽隊はさすがに一人では無理だったけどね。

4/18/2025, 4:55:46 PM

"物語の始まり"

図書委員の活動で、朝活の時間に下級生への読み聞かせをする、というものがあった。
籤引きでペアになった相手と二人で、図書室から自由に選んだ本を持って担当の教室に行き、読み聞かせを行う。一回行けばノルマは達成できるとのことで、早々に終わらせてしまうつもりで予定を組んでいた。

朝活の、それも教師が不在の時間帯という若干の不安要素はあれど、まぁ二人いたらなんとか時間は潰せるか、と気楽に考えていたのだけれど。
当日、ペアの相手は欠席した。
一人で、朝の雑然とした見知らぬ教室に乗り込むのは流石に勇気が必要だった。

小さい子相手の読み聞かせのコツは、話に巻き込む事だと思う。一方的に淡々と読むだけだと、途中で飽きた子が騒ぎ出したり脱走したりするんだよね。
簡単な質問でいいから、とにかく考えさせる。
漠然と全体に問いかけるのではなく、答える相手を一人ひとり指名した方がいい。

なんとか脱走者を出すことなくやり過ごし、教師が入って来た時、心底ホッとした。
これで漸く終われる、と。
後は適当な所で話を切り上げてしまおうと、そう思っていたのに。
気にせず続けて下さい、と。
何故かわざわざ教室の後ろに椅子を運び、教え子と一緒に聞く体勢になった教師を見て、呆然とした。

更に何故か、
子供達も楽しんでいたようだし、その本を最後まで読み終えるまでしばらく読み聞かせに来てくれないかと頼まれて、絶望した。



持参した本は、子供向けにアレンジされた童話集。
一番はじめに、物語の始まりを告げる掛け合いの言葉を教えた。

    "クリック?"
          "クラック!"

最後あたりは半ばヤケになっていたのだけれど、回を重ねる毎に応える声が揃っていくのは、なんだか擽ったかった覚えがある。

4/17/2025, 6:15:04 PM

"静かな情熱"

88鍵のピアノの前に座った貴女が鍵盤に触れる。
軽く指を慣らした後、目を閉じて深呼吸をひとつ。
再び目を開いた貴女が指を振り下ろすと同時、目の前に火花が散った。

指先が鍵盤の上を勢いよく走ると共に焔が燃え拡がるような感覚に襲われ、静かだった部屋が真っ赤な業火に染まる。息苦しい程の赤の中で、一心に音を奏でる貴女だけが白く浮き上がって見えた。

僅かにタッチが乱れた瞬間、ピタリと音が止まり、全ては幻と掻き消える。
口を真一文字に引き結んだ貴女は、弛むことなく再度鍵盤に指を滑らせた。

どうしても弾きたい曲があるのだと、貴女は語った。
納得するまで何度も繰り返し続けられる演奏には、静かに燃える情熱が込められていた。

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