ミヤ

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"星明かり"

仕事を始めたばかりの頃、終電を逃して夜道を歩いていると、誰もいない公園に差し掛かった。
公園って遊んだことが無くても何となく懐かしい気がするのは何でだろうね。
滑り台やブランコ、砂場なんかを巡って、最後にジャングルジムに辿り着き、隙間だらけの遊具に手をかける。若干苦労しながら登り、天辺に腰掛け空を眺めた。

周囲に灯りの無い場所からは星がよく見えた。
星を見るにもセンスってものが必要なんだと思う。
幾ら星座の名前と形を知識として知ってはいても、実際に見ると全然見つけられないんだから。
辛うじてオリオンの三ツ星、赤いベテルギウス、一番明るいシリウスが分かるくらい。それでも空一面の星は言葉が不要な美しさだった。

そろそろ帰らなきゃな、と思いつつも降りるのが億劫で、そのままぼんやり星を見ていた時。
不意に、声をかけられた。

下を見ると、懐中電灯を持ったお巡りさんが立っていた。僕と視線を合わせてニッカリ笑った彼は、そんな所に登っていると危ないぞ、早く降りて来い、と手招きした。

彼はジャングルジムから降りた僕をベンチに座らせ、飲み物を奢ってくれた。
そして、俺も若い時は〜、と何やら語り出した。
家出だと思われているな、とすぐ気付いたけど、まぁ飲み物代分くらいは話に付き合うか、と口を挟まずにいた。彼の語り口は上手く、それなりに波瀾万丈な人生譚は興味深かった。
昔は悪ぶった餓鬼だったという彼の半生と、今の職務に就くきっかけ、やりがいはあるがそれでも理想と現実のギャップに苦しむことがあるという事、子供さんが反抗期真っ盛りだという家庭の悩みを聞いた辺りで、そろそろいいかと暇を告げることにした。

家まで送っていくと言ってくれた彼に、大丈夫ですと断って、身分証と名刺を見せた際の反応はなかなかの見ものだった。
ちゃんとスーツ着ていたんだけどな、ドンマイ。
お仕事頑張って下さい、と言って別れた。

それからも何度か夜道で顔を合わせる機会があり、彼が定年退職してからもしばらくは近況報告の連絡が来ていたが、やがてはそれも途絶えた。
一際寒さが厳しかった年の冬が明ける頃、彼の子供さんから彼の逝去を告げる電話があった。

葬儀には、かつての反抗期が無事終わった子供さんとお孫さん達、彼が改心させたという元不良少年・不良少女、元職場の同僚や部下など大勢の人が参列していた。黒い喪服の群れに、白いシャツやハンカチ、真珠のネックレスや数珠がチラチラと星明かりのように瞬いて見えて。一等高い正面の祭壇には、いつか見た、太陽のようにニッカリ笑う彼の写真が飾ってあった。

4/20/2025, 5:30:55 PM