"やさしい嘘"
いつかの貴女は冗談っぽく、
もしわたしが先に逝ったらあの世からずっと君を見守ってあげる、と言っていた。
だから浮気は駄目だし、あんまり早く逢いに来ようとしたら追い返すからね、と笑っていたっけ。
ごめんね。
天国も地獄も信じていないけど。
もう少しだけ、貴女のやさしい嘘に溺れていたいんだ。
"瞳をとじて"
瞳をとじて、神に祈る。
居もしない神に縋る気持ちは分からない。
だけど、
死を選ぶ程の絶望は、きっと、理解できる気がした。
最期まで誰かの手を煩わせるなんて、御伽話と違って現実は世知辛い。泡のように綺麗に消え去ることなんて、出来やしないんだ。
冷たくなっていく彼女の隣で、窓越しの空が徐々に白んでいくのを、ぼうっと眺めていた。
"あなたへの贈り物"
記念日や誕生日等、贈り物をする機会は沢山あった。けれど、贈り物を選ぶ時はいつも、これじゃないという感覚が拭いきれなかった。
なにか特別で、ワクワクして、綺麗で、繊細で。
思いがけないほど不思議な、魔法みたいに素敵な何かを貴女に贈りたくて。
百貨店やデパートを何軒も見て回り、こんなにも沢山の品物があるのに貴女に贈りたい物が見つからない、と焦りが募る。
何ヶ月も前からリサーチしていても、もっと相応しいものがあるんじゃないかと迷って、結局ギリギリまで悩むことが多かった。
貴女がくれるものはいつも僕を喜ばせてくれるのに、僕は貴女が何を渡せば一番喜んでくれるのか分からない。
きっと、貴女は好みの物じゃなくても笑って受け取ってくれるだろう。
でも、僕自身が納得できるものを選びたかったんだ。
相手のことを想って贈り物を考える。
それ自体が幸せだったと、今ならそう思える。
"羅針盤"
彼女が間違えるはずがないと思っていた。
あの小さな部屋の中で教えられたこと。
うるさいことはいけないことで、
わがままを言うことは許されないこと。
"悪い子"は水に沈められても仕方がない。
その教えを疑ったことなんて一度も無かった。
学校に通うようになり、同年代の子供を初めて見た。
感情のままに振る舞う彼等を見て、
コレはなんなんだろう、と不思議に思った。
無邪気にわらい、はしゃぎ、大声を出して走り回る彼等が自分と同じモノだと思えなかった。
今まで耳にしたことがない音量の声に、自由気ままに立てられる音に、眩暈がして吐き気が込み上げた。
接する度に、自分とのズレを思い知らされた。
考え方の基点が違う。行動の尺度が違う。
まさか彼等が水に沈められたこともないとは思わなかったんだ。
でも、世間に求められるのは"子供らしい子供"で。
退屈だとか、お腹が空いただとか、可愛らしくおねだりしたり何も考えずに元気に主張できる方が正解なんだ。
人形のように静かに黙り込み、反抗もせず、言われなければ何時間でもじっとしている。
そんな不気味な子供はお呼びじゃない。
僕は欠陥品もいいところで、
世の中では彼等が圧倒的に多数派で正しい。
学年が上がるにつれ、何度も思い知らされた。
でも、今更どうすればいいか分からなかった。
正しい人間を指し示す羅針盤は、取り返しの付かないほど狂っていた。
"明日に向かって歩く、でも"
生きることは素晴らしくて。
命は誰しも尊くて。
それが正しければ、良かったのにね。
物語が好きだった。
人をきちんと判別できるから。
当たり前のことを当たり前のように感じて。
当たり前のものを当たり前のように受け入れることができるから。
普通でも、異常でも、物語の中ならばその全てが正しくて。
現実とは違う世界で、常識すら異なる場所で、ここじゃないどこかで。
そこでなら、こんな僕でも
まともに生きていてもいいんじゃないかと思えたんだ。
貴女は僕にとって、物語そのものだった。
喜びも、怒りも、悲しみも、それらを表現する事も。当たり前を全部教えてくれたのは貴女だった。
明日に向かって歩く。
でも、なんのために?
きっと、貴女がいたら答えられただろうね。