刹那
一瞬だった。
目の前を一閃されたのにしばらく気が付かなかった。
「わしの勝ちじゃな」
へた、とその場に座り込んだ僕をにんまりと笑いながら見下ろす老骨はとても老骨とは思えない太刀筋を見せつけてくれたのだ。
「約束通りもうついてくるなよ~」
わしは余生をダラダラと生きるんじゃから、と言った彼は後ろ手に手を振りながら立ち去って行った。
一度だけ勝負をして欲しい、それで負けたら諦めるからと言ったのは自分だった。
それだと言うのにこの胸の高鳴りはなんだ。
ドクドクと高鳴る胸は血を身体中に送り、脳が焼き切れそうだった。
チカチカと未だ眩い一閃を脳が処理しきれていないのだろう。
あんなものを見せつけられて諦め切れるか!
「待ってくれよ!」
叫びながら追いかければ彼は「げぇ」と言いながら走り始めたけど逃がさない。こればかりは若さが有利だ。
引っ捕まえて絶対に弟子にしてもらう。
約束破りとかそんなの関係ない、ほら言うだろう。
惚れた方が負けだってさ!
生きる意味
先輩が目を覚ました!
良かった、良かった!
あの時、二人で笑いあったと思ったら固まったまま動かなくなった時は驚いた。最近ボディの調子が悪いと言っていたからそれで動けないのかと思ったが何度話しかけても返事はなくおかしいと思った。
管理者に連絡をしメディカルルームへ連れて行ったらチップの劣化による意識の混濁が起きてるという。
直るのかと聞けば新しいメモリチップにデータをインストールすればなんとかなるだろうが、破損している部分がある場合はどうにもならないと言われた。
とりあえずそのままチップの交換を頼み自分は先輩が目を覚ますまでそばに居ることにした。
時間にしたら数時間しか経っていなかったが何日も待っているような気持ちだった。
先輩が目を覚ました時は驚いたし嬉しかった。
おまけでボディの不調も直すらしい。
それも含めて嬉しかった。
つまりこのさき何十年は無事だということだ。
嬉しい!嬉しい!
思わず目から涙が出てくるところだった。
こんな恥ずかしいところは先輩に見られたくない。
慌てて病室から飛び出して現場管理者に通信する。
「もしもし、先輩大丈夫そうでしたボディの交換も行うらしく三日は入院だそうです」
「そうか、ジャンクになるのを選ばなくてほっとしたよ」
「ジャンクって……今どきそれを選ぶの居るんですか」
「昔にな、あいつの先輩で居たんだよ。それでひどくあいつは気にしててな」
「そんなの先輩の所為じゃ」
「それでも気にしてたんだよ、まあ良かった」
お前は清掃に戻ってこいよと言われ「はい」と返事をして終わった。いつか言っていた先輩の先輩の話だろうか。
こんなに楽しい人がいるのにジャンクになるなんてなんて勿体ないと思うのだった。
善悪
「あれ、大先輩は?」
朝の清掃の時間にいつも通りやって来たら大先輩の姿がなかった。いつもなら五分前には清掃業務についてるのに。
隣を通った丸型ロボットを呼び止め聞いてみれば「連れてかれたよ」とのこと。
連れてかれた? どこに? 誰に?
疑問符が浮かんでばかりだった時に、管理者がやってきた。
「管理者さん大先輩はどこ行っちゃったんですか?」
「大先輩?……ああ機体p-101のことかあれはな、ジャンクになることが決定した」
「は?なんで、ですか?」
言っていることが理解できない、なぜジャンクに?何のために?
「あれは型番が古いのに感情をもっただろう。あの機体が感情をもつことは禁止されているんだ」
「それなら今の機体に交換すれば!」
「私もそう言ったんだがな、思い出が詰まった機体を交換したくないと言って聞かなかったんだよ」
なんだそれ、なんだそれ。思い出なんて今からでもいっぱい作れるじゃないか。
「なんだよ、それ」
「私たちには私たちの善悪があるようにアイツにもなにか譲れないものがあったんだろう」
「そんな……」
落ち込む俺の肩を管理者はポンと叩くと手のひらを開きアイツが渡してくれとさと言う。メモリチップだった。こんなもの残すくらいならあんたの口から別れを言ってくれよと言いたくなったが言う相手は居なかった。
寮に帰宅してからも暫くはメモリチップを読み込む気になれなかった。でもあの人が(人では無いが)何かしらを思って残したものなのだと思うと見ない訳にはいかなかった。
再生機にメモリチップを挿入しコードを自分の首元に繋ぐ。
ザザ、と砂嵐が入った後に大先輩の声がする。
『あーあー、これ入ってるんですか?大丈夫?そっか。後輩くん元気にしてる?君のことだからすっごく怒ってると思う。でも僕はもう良くなっちゃったんだ。君みたいな友人もできて感情を知れて、色褪せていた世界がパッと明るくなってつまらなかった生活が凄く楽しくなった。ありがとう。君には感謝してもしきれないよ。……こんなものかな、ダラダラと話しちゃ君に迷惑がかかるしね、それじゃあまた会えたら。』
──プツン。
そこで映像は途切れた。なんだそれ。あんたはそれで満足かもしれないけど俺は嫌ですよ、もっとあんたと話したかったし下らないことがしたかった。それに。
「……俺のせいじゃねえか」
俺と出会って感情を知らなければそのまま動き続けていたんだろう。それならジャンクになることを選んだのは俺の所為だ。
涙なんてものは流れはしないが頭がひどく痛んだ。
流れ星に願いを(BL)
星に向かってお願いしますと言ったのは生まれてきて初めてかもしれない。宙には星が瞬き月は隠れてしまっている。
流れ星が流れた瞬間にお願いします!と大きな声を出して言ったので不審者に見えただろう。
でもこっちはそんなこと気にしてられないくらいに切羽詰まっているのだ。
「頼むよ、ほんと」
少しの涙声でそう言ってスマートフォンを取り出し、既読をつけたまま放置していたトーク画面を開く。
画面に表示されている最後の会話は『お前のこと好きなんだけど』だ。何度文面を読んでも胸がドキドキと高鳴る。男同士というのを分かっていてコイツは告白をしてきてくれた。
それならその誠意に答えなければ。
文面はもう打ってある。『俺も好き、返事遅れてごめん』ただそれだけの返事を送るのに何時間もかかっている。オマケに星に願いはじめてしまった。
よし、送ろう。と思ったところで件の彼から着信がある。驚き過ぎてスマートフォンを取り落としそうになるのをなんとか防ぎ、電話に出る。
「も、しもし?」
思わず声が上ずってしまう。
「もしもし、何してたの」
「星に願いを……いや外に出てた」
「なんだそれ、なあ、返事聞いてもいい?」
ドキリとした。
「俺も、お前のこと好き」
正直に自分の中にある思いを告げた。
「本当に?めちゃくちゃ嬉しい」
きっと顔をクシャりとさせて笑っているのだろう。俺の好きな笑顔だ。
「なんか照れるな」
と、言えば「俺も」と返ってくる。
「じゃあまた」
「うん、連絡する」
そう言って通話を切るとそのまま仰向けに地面に転がり人目もはばからず「やったー!」と叫ぶのだった。
たとえ間違いだったとしても
「大先輩はなんか落ち着いてますよね」
俺はこんなにちゃらんぽらんなのに、と言うのは最近清掃業に入ってきた新人後輩だ。
「君がちゃらんぽらんかどうかは置いときますけど、落ち着いてると言うよりも無口なだけだと思いますよ」
「えー無口というか話す相手がいなかったからじゃないんですか」
「そうでしょうか」
ふむ、と一理あるのかもしれないと考える。実際後輩新人の彼が来てからは口数が増えたと自分でも自覚がある。ヒューマノイドの自分が変わっていくというのは中々奇妙な感覚で、そして面白かった。
ヒューマノイドの性格は最初に設定されたものに基づいている訳だが、それが変わっていくというのは面白い。
「そうかもしれないですね」
そう答えると新人後輩は「でしょ~」と言うのだが、自分の思考をもつことがどれほど危険かをこの時の自分は理解していなかったのだ。