言葉はいらない、ただ……
「言葉はいらない、ただ……お互いを見つめ合うだけで、君たちは愛を確認できるんだねっ!!」
緑くんは叫んだ。
叫ぶのはいつものことだが、内容が問題である。
「緑くん、僕らは愛を確認してたんじゃなくて、目を逸らしたら負けゲームをしてただけだ」
「そういうのネットでよく見る。やっぱり君たちは付き合ってるんだ!」
僕の後ろで片桐が縮こまっている。
「付き合ってないって。僕の恋愛対象は女性だよ」
緑くんは男どうしの恋愛をこよなく愛し、僕と片桐は付き合っていると思っている。妄想するのは自由だけど、口に出す、それも大声で叫ぶのはやめて頂きたい。僕ら以外にも多くのクラスメートが緑くんの頭の中でカップルにされている。
「ほら、片桐もなんとか言ったらどうだい」
片桐の肩に手を置く。片桐は自己主張が弱いタイプ。こんなんだから、緑くんに妄想されるんだよ。
「お、おれも……おれも、女の子しか」
緑くんはばっ、と耳を塞いだ。
「やめて、やめて!現実なんて大嫌いだよ!俺は妄想の世界で生きるって決めたんだ!」
それなら声に出すな。
緑くんは今にも泣きそうな表情で片桐の顔をのぞきこんだ。
「ねぇ片桐くん、そんなこと言われたら俺、泣いてしまうよ。片桐くんは足立くんが好き。そうなんでしょ?泣くよ?」
「う、ぅう……うん。」
「『うん。』じゃないだろ!」
僕は必死に、もうあらゆる言葉を使って片桐との関係を否定したが、緑くんは聞いちゃいなかった。
「ふふ……どっちが攻めかな。やっぱり片桐くん?へたれは攻めって、相場は決まってるし……でも足片も捨て難い……」
はあ。緑くんは妄想を垂れ流したまま、ふらふらとした足取りで帰って行った。大丈夫だろうか……。
「ごめん足立……おれ……」
「大丈夫大丈夫。どうせ来週には別の二人に興奮してるからさ」
しかしそんなことはなく、大学に入っても緑くんは僕らのBL小説を書き続けた。
突然の君の訪問。
ぴんぽーん。
あぁ、宅配便かな?まどろみかけていた脳を対人モードに設定し直して、ドアを開ける。目の前に見えたのは、見覚えのある、眼鏡をかけた女の子……
「お邪魔しまぁす!」
開けた少しの隙間から腕が伸びてきて、その人はうちの中にするりと入ってしまった。
「……棚橋さん。何しに来たんですか」
棚橋さんは意味ありげに笑う。
「前は中野くんが廣瀬さんの通い妻になったでしょ。こんどは私の番」
ふふん、と自慢げに言って、棚橋さんは手に持っていた手提げ袋を僕に見せつけた。
「見て。スーパーで買ってきたんだよ」
「ネギが飛び出てますね」
「うん、妻っぽいよね」
「妻っていうか、お母さんですかね……」
棚橋さんはキッチンに進んでいってエプロンをとる。
そして自然な流れで僕にエプロンをかけた。
「材料は買ってきたから、あとはよろしく!お鍋の材料のつもりだけど、中野くんならいろいろ出来そうだよね。……アクアパッツァで!」
……ぜんぜん通い妻じゃない。通い妻は、もっと献身的なはずだ。
雨に佇む
にわかに雨が降ってきて、僕は近くの店の軒下に退避した。
はー。傘、持ってきてないよ。
すぐ止むといいけど……。
思わぬ所で足止めをくらい、僕は恨みがましく空を睨んだ。
白瀬君の家に遊びに行く予定だったんだ。
旅行のお土産も渡したいし、前あったおもしろかったことも話したいし。
白瀬君は今年で中二、僕は高一。去年までは学校で毎日会えたのに、今年は一週間に一度、予定が合わなかったらそれ以上会えない。
このまま疎遠になるのは嫌だから、僕はなるべく電話したりメールしたりしているんだけど、白瀬君は僕のことをどう思っているのかな。
白瀬君からのメールはいつも簡単なもの。
そういう性格だって分かっていてもなんとなく不安になる。
こんな暗い思考になるのも、このうっとうしい雨のせいだ。
まだ止まないの?もう、走ろうかな?結構降ってるけど。もう一回空を見上げて決心をつけかけると、とつぜん何か音がした。一瞬驚いて、携帯か、とひと安心する。
ちょっとの期待をしながら携帯を開く。白瀬君ですように、そんなわけないけど……。
しかし、件名なし、差出人、白瀬壮。
思わず携帯を握りしめる。
そろそろと画面をスクロールして内容を見ると、偶然ですね、どこに行くんですか?と書かれていた。
「え?なになに?どういうこと」
辺りを見回すが誰もいない。
「いたずらメールかなあ」
ぽん、と肩に手が置かれた。
心臓が収縮する。恐る恐る振り向くと、白瀬君だった。
「白瀬君!」
「お久しぶりです、先輩。雨宿りですか?」
「うん、実は服部君ちに行こうと思ってたんだけどね、降られちゃった。白瀬君は?」
「僕、この本屋好きなんです。ドアの外に先輩が居たので驚きましたよ」
「ああ、ほんとだ、ここ本屋さんだ」
ぜんぜん気づいていなかった。
「雨が降っていて良かったですね、すれ違うところでした」
「そうだね、運命だね」
白瀬君は僕の台詞は無視して、僕を自動ドアの中に引っ張っていく。
「先輩も一緒に本屋を回りましょう。ー先生の新刊が出ていましたよ」
「へえ、じゃあ買っていこうかな」
本はあんまり読まないのだけど、白瀬君の好きな作家さんなら読んでみようかな。いつも無表情の彼にしては楽しそうな横顔をながめる。
雨が降らなかったらこんなことなかったから、良かったあ。
(佇んでる?)