『秋恋』
私は秋が好きだ。暑すぎず寒すぎずで過ごしやすく、運動をするのにも向いている。加えて秋刀魚やサツマイモ、ブドウなどいわゆる秋の味覚と呼ばれる食べ物たちも旬を迎える。とはいえこれらが好きな私にとっては食べ過ぎて体重が増えてしまうという悩みにつながりもするのだが、まあ些細なことである。
そんな秋の訪れが今年はずいぶんと遅いように感じる。9月も下旬になったというのにいまだに30度を超える日が続いている。そのため、我が家のエアコンなど6月中旬頃からほぼほぼノンストップで稼働させられており、そろそろ悲鳴をあげそうである。
このまま暑い日が長く続くようになれば私の大好きな秋の味覚が存分に味わえなくなってしまう日が来てしまう恐れがある。それどころか、そもそも秋という季節が無くなってしまうのではないかとすら考えることもある。日本が死ぬほど暑いかそこそこ寒いかの二極になってしまう日は来てほしくない。いつまでも秋に恋をしていられるよう、秋を恋しく想うだけの日が来ないよう私にできることを少しでもしていきたい。
『声が聞こえる』
私の出番が回ってきてしまった。できることなら回ってきてほしくなかった出番だ。試合カウント2-2、勝った方が次のステージに進み、負けた方は夏が終わる。まさにすべてを託されたといっても過言ではないだろう。
椅子から立ち上がり、チームメイトを見回す。接戦で負けてしまって泣きそうな顔、勝利をもぎ取ってきてあとは託したぞという顔、声がかれても最後まで声を張り続けるという決意をした顔、いろいろな顔が見えた。相手は強い。ガタイが良いとか闘志がみなぎっているとかの話ではない。純粋に向こうのエース選手だ。対して私の誇れる部分と言えば声だけ。先生は「どんな場面でもあきらめずに声を張り続けることができるお前の根性が~」と熱く私をこの位置に置いた理由を語ってくれたが、単純な実力面だけで見れば私はこのチームのエースには到底及ばない。そう考えるとどうしても足がすくんだ。
震える足を叱咤して前に進む。そんな中、静寂を破って声が聞こえた。足を止めて顔を上げるとそこには一緒にこの部活に入って切磋琢磨し、最後の最後で惜しくもレギュラーを逃してしまった友の顔があった。目が合ったことに気が付いたのか向こうはサムズアップをしてくれた。返すことはできない。それでも覚悟は決まった。うなずき返し、胸を張って再び歩き出す。さあ、試合開始だ。
昨日の分の投稿忘れてしまったので2つまとめました
暇つぶしに立ち寄った古本屋で懐かしい本を見つけた。学生時代に買って何回か読んだ割と好きな小説だ。とはいえ一人暮らしを始める時に荷物になるからと売ってしまった。以前にふと読みたいなと思って売った店に一応見に行ったものの、当然売れてしまっていた。さらにマイナー寄りだったのかネットで買おうにもなかなかの値段がしたためまあいいやと忘れてしまった。そんな本が今私の目の前にある。私は迷わず手に取りレジに向かった。
帰宅した私はコーヒーを用意して鞄から本を取り出した。表紙をめくり、最初の数ページを読むと、少しずつ記憶がよみがえってきた。「そうそう、こんな話だったよな。」と思いながら読み進めていくとふと引っかかる部分があった。何故か数ページだけ変色しているのだ。記憶をたどっていくと一つ思い当たることがあった。あの時、お供にしていたコーヒーをこぼしてしまったのだったな、と。そしてページが破れていないということは当時の私は相当丁寧に扱ったのだろう、とも。そこまで考えてはたと思った。「となるとこの本はあの時私が売ったあの本なのでは。」と。あれからどれくらいの年月が経ったのだろう。それだけの時を経て、様々な人の手に渡り、今こうして再び私の手元にある。このめぐり逢いは間違いなく奇跡だ。ならば今度は手放さないようにしよう。この偶然を大事にしたいから。
時間よ止まれ。これまで生きてきて一体何度こう思ったことだろうか。朝寝坊して電車に遅れそうな時、テスト中まだまだ時間がかかりそうなのに「残り5分です。」と告げられた時、プレゼンテーション用の資料制作が期日に間に合わなそうな時、昔仲の良かった友人と久しぶりに会って会話している時、それこそ挙げ始めればキリがない。しかし、現実とは無常だ。幾度となく「時間よ止まれ。」と願ってきたが、その願いが叶ったことは一度としてない。
とはいえ仮に時間を止める能力が自分にあったとしても、完全に堕落した生活を送るようになるか、なぜあんなところで能力を使ってしまったのだろうかと後悔するかのどちらかにしかならないのだろう。ならば、そのような能力は最初から無くてもいいのではないかと思う。そしてまた、事あるごとに思うのだろう。「時間よ止まれ。」と。そのたびに止まらない現実に嘆くのだろう。だがそれで良いのだとも思う。時間は止まらない、だから人は必死に生きるし、人生は面白いのだ。
忘れられない景色がある。あの日、何もかもに疲れ切っていた私はちょうどホームにやってきていた電車に飛び乗った。闇雲に乗り継いでたどり着いたのは静かな田舎町だった。普通の人にとっては、何もなくて退屈な場所なのかもしれないが、都会の喧騒に疲れ切っていた私にはとても居心地の良い場所であった。ふらっと立ち寄った個人経営のお店で食事をとった後、珍しい観光客だと勘違いした店員さんにおすすめされたスポットに向かって歩き出した。
あまり運動してこなかった私にとってその道はなかなかにしんどいものだった。といっても昨日までの日々と比較したらなんということのものでもない。歩き始めてからどのくらいの時間が経っただろうか。徐々に暗くなっていく中、私は木々に空を覆われた道をスマホの明かりを頼りに歩いていた。さらに5分ほど歩いただろうか。一段高いところにたどり着いたのかいきなり視界が開けた。そして私の目に飛び込んできたのは空一面の星空だった。都会の明かりに邪魔されない夜景はそれはもう見事なものだった。
どのくらい立ち尽くしていただろうか。ふと我に返った私の心は晴れ晴れとしていた。「もう少し頑張ってみよう、そしてまたここに来よう。」そう思うことができた。あれから数年、今でも私はあの日の夜景を胸に日々を生きている。いつの日か私を救ってくれたあの場所で生きるために。
ある日、私がひまわり畑の中を歩いているとボロボロの兵隊に出会った。彼は銃を構えようとしたが、力が入らなかったのかそのまま崩れ落ちてしまった。恐怖心を押し殺して慌てて駆け寄ると、かすれた声で水を求めていた。わずかに逡巡したが私は持っていた水袋を彼に渡した。水を飲みこちらに敵意がないと分かったのか、彼はポツリポツリと身の上を語ってくれた。
彼は戦場へ向かう途中だったそうだ。しかし、途中で死ぬことが恐ろしくなり、霧が出たのに乗じて行軍中の部隊から逃げ出したとのことだった。ただひたすらに逃げ続け、眠ることもできず、ふらふらになっていた時に、身を隠すことができそうなこのひまわり畑を見つけることができて幸運だったと。そこまで話して彼はふと疑問に思ったのか尋ねてきた。「ここはどこなのか。」と。私は少々逡巡したが事実を告げた。「そうか。」とつぶやいた彼の顔は絶望に沈んでいるように見えた。彼は私に感謝を述べた後、奥へと消えていった。私は止めなかった。いや止められなかった。数分後銃声が響いた。私は十字を切った。せめて花畑の中で命を絶った彼の死後が安らかなものであるように、と。