ウィスタリア、覚えてる?
僕が庭で転んで怪我した時。
君はキッチンで叔母さんに手伝ってもらってクッキーを焼いてたよね。
チョコチップ入りのザクザクしたクッキー。
僕が座り込んで泣くばかりだから慌てて走ってきて出来たてのクッキーを分けてくれたよね。
甘くて美味しかったな。
その後は手を引いて立たせてくれて、僕もケロッとして2人でおやつの時間を楽しんだね。
もしまた食べたいと伝えたら君はまた分けてくれる?
あの後僕たち気軽に会うことが出来なくなったよね。
そう、確かお爺様とお祖母様から君に会うことを禁止されたんだ。
「あいつらは私たちの家を裏切ったのよ!」なんて、笑えるよね。
勝手に裏切られた気になってたのはあいつらだけの癖に。
なぁウィスタリア、君が僕の人生から居なくなってから散々だったんだよ。
だから、だからね、君を見かけたあの日救われる気がしたんだ。
傷ついた僕に甘いクッキーをくれた時みたいに、今の僕も慰めて手を引いてくれるんじゃないかって。
でも助けてもらうには、僕はもうひねくれ過ぎていて。
差し出してくれた君の手を払ってしまった。
(どうせお前に分かるわけない、今まで恵まれて生きてきたお前なんかに。)って、そんな朗らかな君からの救いを望んでいたのは僕なのに。
今だから言える。あの時は手を差し伸べてくれてありがとう。
もういいよ、僕は君無しで立ち上がって生きていくから。
きっと僕たちは再開しない方が良かったんだ、いやいっそ出会わなければ良かったかもしれない。
そしたら僕も君も辛い思いをしなくて良かったのに。
君は救いの女神じゃなかったし、僕は救済される人間になれなかった。
君はただの優しい人間で、僕は人の道を踏み外した文字通り外道だったんだ。
今までありがとう、お幸せに。
「アンタのそういうところが大嫌い。」
ある日の学校の帰り道、突然放たれた言葉だった。
夏の太陽はまだ空高く、生ぬるい空気が体にまとわりついている。
ナルは泣いていた。縋るように自分のスカートを握ってこちらを一身に睨みつけていた。
泣いてるナルも可愛いななんて思いつつ、愛しい恋人の涙を拭おうと腕を伸ばす。
-途中-
努力を知らない人生だ。
これは才能に溢れているとか、どんな事でもそつ無くこなせるとかいう部類の話じゃない。
ただただ努力というものが出来ないだけだ。
夏休みのワークを溜め込むと普通の生徒たちは最終日付近に追い込みをかけて"終わらせようという努力"をする。
中学にあがり部活に入れば最低でも"一試合だけでも勝とうという努力"をする。
高校生になればバイトが出来るようになる、バイトに対する向き合い方は人それぞれだが"バイトで使える人間になるための努力"や"学業とバイトを両立する努力"をするもんだ。
普通の人間はそうする。
俺はそんな努力を経験せずこんなところまで来てしまった。
今は滑り止めで受かった大学で一留している。これもまた俺が努力出来なかった結果だ。"本命の大学に受かるための努力"、"留年回避のための努力"、努力の名称は分かってもやり方が分からない。
きっと俺はこれからもダメ人間なのだろう、これは自論だが努力の仕方は子供のうちに授業や宿題を通して無意識に学ぶものだ。そんな大切な子供時代をひたすら逃げ回って過ごしてきた俺はこの先も努力のやり方がわかることは無い。
きっと惰性で生きるしかないのだろう。
もし私が「好きな本はなんですか?」と聞かれたら即答出来る。それは母の形見の魔導書だ。この魔導書には私に必要な呪文がすべて載っている。朝寝坊しない呪文、皿洗いを自動でする呪文、失くしたものを探し出せる呪文、今までいろんな呪文に助けられてきた。この魔導書は大切な形見であると同時に私の生活の一部でもある。
私の母は魔法の研究職についていた。昔の呪文の解析から魔法の自作までなんでも出来るすごい人だった。母が作った魔法は一般の家庭にも普及しているほど簡単で使いやすく使用者を選ばない魔法だった。母の魔法には他人を思いやり博愛主義的なところがある母の人柄を反映したようなものが多かった。
私はそんな優しい母が好きだった。母の声で紡がれる呪文も撫でてくれる優しい手も、目が合った時の柔らかい笑みも全部が大好きだった。
母が居なくなったのは私が11歳の時だ。
-途中-
ある時、ドブネズミは旅に出た。
しばらく歩くとハムスターと出会った。
「やぁこんにちは。」
「こんにちは、君も脱走してきたの?」
挨拶をするとハムスターはそんなことを聞いてくる。
「いいや、俺はノラのドブネズミなんだよ。」
「それは羨ましいなぁ」
「どうしてだい?」
その問いかけにハムスターは深くため息をついた。
「僕の生活はそれはもう窮屈なんだよ。一日中狭いカゴの中に入れられて、自由がないんだ。」
項垂れている様子のハムスターは罠籠にでも入れられていたのかとドブネズミは同情した。
「それじゃあ、俺の旅についてくるかい?」
「いいの?ぜひ行きたいな。」
そうして、ドブネズミとハムスターは2匹で旅に出た。
「ドブネズミくん、君はどこをめざして旅しているの?」
「俺は前住んでいたところを追い出されてな、新しい住処を探しているんだ。」
「ノラなのに好きなところに住めないの?」
「ノラでも人生全部を好きに生きられるわけじゃないからな。」
「ノラはノラで大変なんだね。僕やっていけるかな…。」
「案外何とかなるもんだよ。」
そんな話をしながら歩いていたが段々と日が傾いてきた。ドブネズミは川辺に下水道の穴を見つけそこで休むことにした。
「ドブネズミくん、ここなんか濡れてるし臭いんだけど。他にいい所はなかったの?」
「ネズミが眠れる場所なんてどこもこんなもんだよ。」
「そっか…。それなら仕方ないね、我慢してここで寝るよ。」
ハムスターは少ししょんぼりしながらできるだけ濡れていない場所で丸くなり眠った。
次の日、2匹が起きるとご飯を探し始めた。
「カゴの中なら朝はお皿にご飯が盛られてたんだけどな…。」
「自分で探し出した飯は結構美味いぞ。」
腹ぺこの体を懸命に動かし2匹は路地裏に捨てられている残飯を見つけた。
「ドブネズミくん、これ腐ってない?大丈夫?」
「かなり状態いい方だ、安心して食いな。」
初めて食べる味にハムスターはとても感動したがその後お腹を下した。
そんな生活を繰り返しながら旅は続き、ある日通りかかった用水路でネズミ一家に出会った。ドブネズミはその一家のお嬢さんに惚れ込んで自分もここに住むことを決めた。
「ハムスターくん、俺ここに住むって決めたよ。」
「そっか、新しい住処が見つかって良かったね!」
「ハムスターくんはこれからどうするんだい?一緒に旅をした仲だ、君もここで暮らさないか?」
ドブネズミの問いにハムスターは首を振った。
「色々考えんたんだけど、僕は元のカゴの中に帰ろうと思うよ。」
「なぜだい?せっかく自由になれたのに。」
「僕は人間に飼われている方が向いてたみたいなんだ。憧れてた外の世界は僕にとっての楽園じゃなかった。」
その答えにドブネズミは寂しさを覚えながらも、友人の決定を尊重することにした。
「そうか、それじゃここでお別れだな。」
「うん、旅に誘ってくれてすごく嬉しかったよ。」
「…正直君に会えなくなるのはすごく寂しいよ。元気でな。」
「ドブネズミくんも元気でね。」
別れの言葉を交わしハムスターはカゴをめざして帰っていった。
そうしてドブネズミの旅は終わった。
-自由なドブネズミと自由に憧れたハムスターの話-