雨で頭が重かった。
目を覚ましスマホを確認すると、時計は昼近くを示していた。
夏の熱気を逃がそうと昨日空けておいた窓からはポツポツと雫が屋根を打つ音がする。
起き上がる気にはなれず寝返りを打ってSNSのチェックを始める。
親から買い与えてもらった時には輝いて見えたスマホも、いつの間にか癖でいじるだけのガラクタになってしまった。
(あ、今日あの2人ディズニー行ってんだ。)
ストーリーを流し見していく途中に似た画角、似た投稿文を見つけて少し嫌な気分になる。
2人とは高校1年の時に席が近かったことで仲良くなった。一緒にお弁当を食べて、休日は遊びに行って、普通の友情を築けていたと思う。
だが私たちが2年に上がった時、クラスが別れて以来疎遠になっている。
「休み時間の度会いに行くから〜!」
なんて、お互い言い合ったがそれも最初のうちだけ。
ポツポツと会う頻度が減っていきもう半年も連絡をとっていない。
(まぁ、こんなもんか〜。)
と自分を納得させるように考える。
あの2人もクラスは離れていたし、久しぶりに遊ぶなら私にも声をかけて欲しかったのが本音だがそんなことウダウダ考えても仕方ない。
私はそのストーリーも流してまたSNS徘徊を再開した。
そろそろ起きようとスマホを置くのと、スマホの通知が来たのはほぼ同時だった。
見ると中学の同級生からだった。
[やっほ!夏休み入ったけどそっちはどう?]
[暇ならこの後どっか行かん?( ܸʚ̴̶̷̷⩊ʚ̴̶̷̷ ܸ)]
可愛らしい顔文字付きで遊びのお誘いだ。
この子は高校が別々になってからも頻繁にLINEを送ってくる友人だ。
日が空くとLINEを送れなくなる私とは違い、いつでも同じ距離感で接してきてくれる。
いつもと変わりないLINEなのに、私はなんだか嬉しくなり笑みがこぼれた。
[おっけー!]
[いつものコンビニ集合ね!]
お題:君からのLINE
ウィスタリア、覚えてる?
僕が庭で転んで怪我した時。
君はキッチンで叔母さんに手伝ってもらってクッキーを焼いてたよね。
チョコチップ入りのザクザクしたクッキー。
僕が座り込んで泣くばかりだから慌てて走ってきて出来たてのクッキーを分けてくれたよね。
甘くて美味しかったな。
その後は手を引いて立たせてくれて、僕もケロッとして2人でおやつの時間を楽しんだね。
もしまた食べたいと伝えたら君はまた分けてくれる?
あの後僕たち気軽に会うことが出来なくなったよね。
そう、確かお爺様とお祖母様から君に会うことを禁止されたんだ。
「あいつらは私たちの家を裏切ったのよ!」なんて、笑えるよね。
勝手に裏切られた気になってたのはあいつらだけの癖に。
なぁウィスタリア、君が僕の人生から居なくなってから散々だったんだよ。
だから、だからね、君を見かけたあの日救われる気がしたんだ。
傷ついた僕に甘いクッキーをくれた時みたいに、今の僕も慰めて手を引いてくれるんじゃないかって。
でも助けてもらうには、僕はもうひねくれ過ぎていて。
差し出してくれた君の手を払ってしまった。
(どうせお前に分かるわけない、今まで恵まれて生きてきたお前なんかに。)って、そんな朗らかな君からの救いを望んでいたのは僕なのに。
今だから言える。あの時は手を差し伸べてくれてありがとう。
もういいよ、僕は君無しで立ち上がって生きていくから。
きっと僕たちは再開しない方が良かったんだ、いやいっそ出会わなければ良かったかもしれない。
そしたら僕も君も辛い思いをしなくて良かったのに。
君は救いの女神じゃなかったし、僕は救済される人間になれなかった。
君はただの優しい人間で、僕は人の道を踏み外した文字通り外道だったんだ。
今までありがとう、お幸せに。
「アンタのそういうところが大嫌い。」
ある日の学校の帰り道、突然放たれた言葉だった。
夏の太陽はまだ空高く、生ぬるい空気が体にまとわりついている。
ナルは泣いていた。縋るように自分のスカートを握ってこちらを一身に睨みつけていた。
泣いてるナルも可愛いななんて思いつつ、愛しい恋人の涙を拭おうと腕を伸ばす。
-途中-
努力を知らない人生だ。
これは才能に溢れているとか、どんな事でもそつ無くこなせるとかいう部類の話じゃない。
ただただ努力というものが出来ないだけだ。
夏休みのワークを溜め込むと普通の生徒たちは最終日付近に追い込みをかけて"終わらせようという努力"をする。
中学にあがり部活に入れば最低でも"一試合だけでも勝とうという努力"をする。
高校生になればバイトが出来るようになる、バイトに対する向き合い方は人それぞれだが"バイトで使える人間になるための努力"や"学業とバイトを両立する努力"をするもんだ。
普通の人間はそうする。
俺はそんな努力を経験せずこんなところまで来てしまった。
今は滑り止めで受かった大学で一留している。これもまた俺が努力出来なかった結果だ。"本命の大学に受かるための努力"、"留年回避のための努力"、努力の名称は分かってもやり方が分からない。
きっと俺はこれからもダメ人間なのだろう、これは自論だが努力の仕方は子供のうちに授業や宿題を通して無意識に学ぶものだ。そんな大切な子供時代をひたすら逃げ回って過ごしてきた俺はこの先も努力のやり方がわかることは無い。
きっと惰性で生きるしかないのだろう。
もし私が「好きな本はなんですか?」と聞かれたら即答出来る。それは母の形見の魔導書だ。この魔導書には私に必要な呪文がすべて載っている。朝寝坊しない呪文、皿洗いを自動でする呪文、失くしたものを探し出せる呪文、今までいろんな呪文に助けられてきた。この魔導書は大切な形見であると同時に私の生活の一部でもある。
私の母は魔法の研究職についていた。昔の呪文の解析から魔法の自作までなんでも出来るすごい人だった。母が作った魔法は一般の家庭にも普及しているほど簡単で使いやすく使用者を選ばない魔法だった。母の魔法には他人を思いやり博愛主義的なところがある母の人柄を反映したようなものが多かった。
私はそんな優しい母が好きだった。母の声で紡がれる呪文も撫でてくれる優しい手も、目が合った時の柔らかい笑みも全部が大好きだった。
母が居なくなったのは私が11歳の時だ。
-途中-