「こんばんは、今日も随分夜更かしですね。」
その人は缶コーヒーを片手に公園のベンチに座っていた。
私は軽く会釈をすると少し間をあけてその人の横に座る。
「…こんな夜中にコーヒー飲んだら、ますます眠れなくなりますよ。」
「そうなんですけどね、もういっそ開き直って夜活動するようにしようかなって。」
この人と私は不眠症仲間で、眠れないと思った日には公園に集まることが暗黙のルールになっている。
今日みたいに会えることもあれば、会えずに一人で夜の公園を楽しむこともある。
ただそれだけの関係だ。
景色を眺めながらポツポツとテンポの良くない会話を重ねる。
普通の人が聞いたらつまらなそうな会話だと思うだろうが、私はこれが心地よかった。
話題に一貫性もなく、言葉に迷ってもその隙をつかれることもなく、ただただ静かに取り留めのない話をする。
息が詰まる日常の中でこの空間だけはちゃんと空気がある気がした。
続いていた会話も一区切りして静寂が訪れる。
ふと何気なくその人の方を見ると、月明かりに照らされて輪郭が淡く輝いているように見えた。
パチリと目が合い、優しく微笑まれる。
キュッと心臓が音を立ててしまる。
きっとこの人は、太陽の光に照らされて月が輝くように、月に照らされて輝いている。
だからこんなに美しくに感じるんだろう。
だからこの人との時間を特別に思ってしまうんだろう。
気を抜くとずっと眺めていたくなる。
今はまだ私だけが知っている、私だけの月だ。
木漏れ日の後
思いつかなかったからあとで書く
テーマ:心の境界線
パーソナルスペースは広い方だと思う。
何に対しても臆病で、一歩どころか十歩くらい引いたところからじゃないと安心出来ない。
それはもちろん人間関係に対してもそうで、高校に上がった今、友人は一人もいなかった。
入学当初は自分なりに親しい友達を作ろうと努力はしたが持ち前の人見知りと、今までのコミュニケーションの経験不足がたたってあえなく失敗。
それならばいっそ1人でも、と考えもした。
だが一匹狼になるには不良度が足りず、孤高の天才になるには頭が足りなかった。
孤独な凡人の私は言い知れぬ寂しさを抱えて日々過ごしている。
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祖母の家は新幹線と電車を3回乗り継いで、終点の駅から出ているバスに乗って2時間ほどのところにある。
今年の夏、久しぶりに両親と祖母の家に帰省することになった。
祖父が亡くなってから一人で暮らしている。今までちょこちょこ遊びに行ってはいたが、こんなに長期で遊びに行くのは初めてのことだった。
家に着くと祖母がハキハキとした声で迎え入れてくれた。
祖母はこの歳になっても腰が曲がらずセカセカと動き回るようなパワフルな人だ。
「みんなよく来たね、疲れただろ。麦茶冷やしてあるから早く上がり。」
そういうと私たちを居間へ連れやって座らせるとササッと麦茶を出して、私たちの荷物を部屋に持って行ってくれる。
母が気にして立とうとしても笑いながら
「いーのいーの!座って座って!年寄りは暇で暇でこれくらい動いとかないと途端に腐っちまうよ!」
なんて言いながらまたセカセカと荷物を運んで言ってしまった。
荷物も片付け終わって、私たちからのお土産を受け取ると祖母はやっと一息ついて両親とお茶をしながら話をしだす。
私は大人たちの会話にイマイチついていけず、ソロソロと縁側の方に逃げた。
縁側は祖母の家の中で特に気に入っている場所だ、夏なのに入ってくる風が涼しくて気持ちがいい。おまけに風鈴もかかっていて風に合わせてチリンと鳴っている。ちなみにこの風鈴は私が小学生の時の修学旅行中に行った『風鈴絵付体験コーナー』で作った風鈴だ。上手くできたので祖母にプレゼントしたら喜んですぐに縁側の軒下にぶら下げてくれたのを覚えている。
私は祖母とこの家が好きだ。
古い家だがいつ来ても隅々まで掃除が行き届いており、よく換気をしているのか部屋の空気も澄んでいる感じがする。これは祖母がこまめに掃除をしているからに違いない、もしかしたら私たちが来るからと頑張ってくれたのかもしれないけど。
庭はマンション住みの私からは考えられないほど広く、庭をふたつに分けるように真ん中から公道に続く道が伸びている。分けられた庭のうち半分は畑になっている。今植えられているのはナスやきゅうりやトマトの夏野菜、それから向日葵が咲いている。この畑は祖母の趣味らしい。植物の世話をしたり雑草を抜いたりして元気を保っているんだと前に話してくれた。
畑と反対の庭は駐車場として使われていて、目につく特徴と言えば金木犀の木が植えられているのと、井戸がある位だ。井戸にはくみ上げの手押しポンプがついていて、小さい頃はそれがとても気になってよく持ち手を上げ下げして遊んでいた。今考えると水がもったいないだろうに、祖母は笑って見守ってくれていた。やりたいことはまずやらせてみる、が信条らしい。
-あとで書く-
その日はとても暑かった。
へそを曲げていた俺は夏の暑さにも湿気にも、外から聞こえてくるセミたちのうるさい鳴き声にもイラついていた。
夏休みに入って1週間、この日は友達と3DSでオンライン通信をしていたはずだった。そんな夏休みの楽しみは、一昨日の夜両親の言葉に簡単に打ち砕かれた。
「もうすぐお盆だし、ラッシュに巻き込まれないよう早めに帰省するぞ。」
俺はそれを聞いて絶望した、じいちゃん家は楽しくない。行きたくないだの、せめて1日伸ばしてくれだの、色々と駄々を捏ねてみたが両親は聞く耳持たずあれよあれよとじいちゃん家お泊まりセットの準備をさせられた。
一言コメントには『じいちゃん家行く、遊べない』と残したが友達が気づいてくれたかは分からない。
じいちゃん家は東北の山の方にある、つまりはド田舎だ。そしてクーラーも無ければ突然WiFiもない、この時代には珍しい黒電話はまだ現役な、そんな田舎だ。
俺は暑いのは嫌いだし、虫取りも未知の土地探検的なものもあまり興味が無い。そんなことより友達とゲームしたいし漫画読みたい、インドア派の子供なのだ。
そんな訳でやりたいことを取り上げられ、強制的にじいちゃん家に連れてこられた俺はついてそうそう縁側で突っ伏して不動を貫いていた。最初は大人たちが代わる代わる声をかけに来たが、俺の意志が固いことを悟ったのか面倒くさくなったのか声をかけてくるのは軒先に吊るされた風鈴ばかりになっていた。
風鈴は風が吹くごとにリン、チリン、と心地いい音を耳に届けてくれた。その音を聞いていると段々と落ち着いてきて俺はそのまま眠ってしまった。
-後で書く-