「アンタのそういうところが大嫌い。」
ある日の学校の帰り道、突然放たれた言葉だった。
夏の太陽はまだ空高く、生ぬるい空気が体にまとわりついている。
ナルは泣いていた。縋るように自分のスカートを握ってこちらを一身に睨みつけていた。
泣いてるナルも可愛いななんて思いつつ、愛しい恋人の涙を拭おうと腕を伸ばす。
-途中-
努力を知らない人生だ。
これは才能に溢れているとか、どんな事でもそつ無くこなせるとかいう部類の話じゃない。
ただただ努力というものが出来ないだけだ。
夏休みのワークを溜め込むと普通の生徒たちは最終日付近に追い込みをかけて"終わらせようという努力"をする。
中学にあがり部活に入れば最低でも"一試合だけでも勝とうという努力"をする。
高校生になればバイトが出来るようになる、バイトに対する向き合い方は人それぞれだが"バイトで使える人間になるための努力"や"学業とバイトを両立する努力"をするもんだ。
普通の人間はそうする。
俺はそんな努力を経験せずこんなところまで来てしまった。
今は滑り止めで受かった大学で一留している。これもまた俺が努力出来なかった結果だ。"本命の大学に受かるための努力"、"留年回避のための努力"、努力の名称は分かってもやり方が分からない。
きっと俺はこれからもダメ人間なのだろう、これは自論だが努力の仕方は子供のうちに授業や宿題を通して無意識に学ぶものだ。そんな大切な子供時代をひたすら逃げ回って過ごしてきた俺はこの先も努力のやり方がわかることは無い。
きっと惰性で生きるしかないのだろう。
もし私が「好きな本はなんですか?」と聞かれたら即答出来る。それは母の形見の魔導書だ。この魔導書には私に必要な呪文がすべて載っている。朝寝坊しない呪文、皿洗いを自動でする呪文、失くしたものを探し出せる呪文、今までいろんな呪文に助けられてきた。この魔導書は大切な形見であると同時に私の生活の一部でもある。
私の母は魔法の研究職についていた。昔の呪文の解析から魔法の自作までなんでも出来るすごい人だった。母が作った魔法は一般の家庭にも普及しているほど簡単で使いやすく使用者を選ばない魔法だった。母の魔法には他人を思いやり博愛主義的なところがある母の人柄を反映したようなものが多かった。
私はそんな優しい母が好きだった。母の声で紡がれる呪文も撫でてくれる優しい手も、目が合った時の柔らかい笑みも全部が大好きだった。
母が居なくなったのは私が11歳の時だ。
-途中-
あなたはみんなの英雄で、私が出会った中で誰よりも不器用な人だった。
ひねくれてる私のような人間にも救いの手を伸ばして見返りを求めることもない。
私はそんなあなたが最初は消えて欲しいと妄想をするほど嫌いだった。誰よりも恵まれてる人間だと思っていたから。
きっとあなたには心から信頼出来る仲間や、周りとは比べられないほどの魔力を保有し魔法の才能に溢れ卓越した魔法技術を持った人間だと思っていた。
だから私は気にかけてくれるあなたをいつも突き放してきた。
「"英雄様"が、私一人に構う時間が持った無いわよ。」なんて、こんな嫌味ったらしく。
彼は自分が英雄だと持ち上げられるのを嫌がっているようだった。(ならなんで、いちいちトラブルに首を突っ込むのかって話だけど。)
彼は「自分が人を助けることは当然の使命だ」というように振舞っていた。だから救いに見返りも求めないし、トラブルが起きれば真っ先に駆けつける。
そんなふうにしているから、周りも彼を当たり前のように頼るし、彼もそれに応えていつも傷を作っていた。
私はそんな彼も周りも奴らも気に入らなかった。
私は元から負け組側の人間だった。
片親で命の危険に晒されながら生きてきて、魔力量も平凡、周りに頼れる人間は一人もいなかった。
ただ一つ救いがあるとすれば、母親は女神のように暖かい人間で私はその恩恵を受けて育つことが出来たことだ。
母は周りから好かれる人間だった。近所で催しが開かれる時には必ず誘いを受けるし、何かごく小さな事でも困ったことがあれば周りの人間が自ら力を貸してくれていた。
私はそんな母には一片たりとも似なかった。例え私がどれだけ周りの人間に愛想良く振舞ったとしても、催しの誘いは一向に来ないし、急病で道端に倒れていたとしても皆が素通りしていく。そういう人間だ。
これは私の行いがどうのという話では無い、そういう星の元に生まれてしまったということなのだ。
曾祖母は占いや予言ができる人間だった。
私が曾祖母に初めて会ったのは4歳の時だ、曾祖母は父方の人間で母が父が死んでから見つけた親族だった。最初、曾祖母とほかの親族たちは父の忘れ形見の私を大層歓迎してくれた。今まで虐げられていた自分も環境が変われば周りと打ち解けて優しくされるんだと希望を抱いた。
ただその希望は叶うことの無い願望だとすぐに突きつけられた。
曾祖母と顔を合わせた瞬間、顔を強ばらせたかと思うと目の前で膝をついて泣き崩れたのだ。そうしてこういった。
「その子は将来人類が太刀打ち出来ない大厄災を呼ぶ、最悪の魔女だ。」
と。この言葉は私が16歳になった今でも心に深く刻み込まれ、私を苦しめてくる。
そして親族達はそんな曾祖母の予言をすぐに信じ、そうなる前に殺さなければと私を捕まえようとしてきた。今私が生きているのは、その時母が私を抱えてすぐ逃げてくれたからだ。殺されそうになる経験はこれだけだったが、他にも問答無用で嫌われたり、早く母を置いて家を出ていけなんてことを近所の人間から言われたりした。酷いことばかり経験した私は次第に周りに対して心を閉ざしていった。
そんな私からは陰気な空気が溢れ出ているのか私と目が合った人間は強ばり、避けるようになった。そしてそんな噂はすぐに広がり私はどこに行っても結局最後は孤立した。
そして、そんな気味が悪い孤立した人間に手を差し伸べて来たのが"英雄様"だった。
彼は助けた相手に失礼な態度をとられるのが初めてだったのか、その後から何かと理由をつけて私と行動を共にするようになった。
「やぁ、調子はどうだい?」
「やぁ、奇遇だね。図書館に行くのかい?実は僕もそっちに用があって…。」
なんて、こんなふうに何日も付きまとってくる。
いい加減うんざりしていた。
「ねぇあんた、この間から何なの?助けてもらったお礼でも待ってるわけ?言っておくけど、あんたの助けなんかなくても私ひとりであれぐらい何とかなったから!」
と、本日3回目の「やぁ」を聞いた時我慢の限界に達し半ば叫ぶように言い散らした。
「そんな、お礼が欲しいだなんて思ってないよ。」
"英雄様"は綺麗に整った眉毛を八の字にして否定をする。
「じゃあ何、さっきから私の後付け回して。」
「付け回してるつもりはないよ。ただ行く方にキミがいるから声をかけてるだけで…。」
「それならあんたと仲良くなりたがって着いてきてる周りのヤツら一人一人にも声をかけていけば?」
そう言うと彼は少し押し黙って体も固まった。私はそんな彼をいい気味なんて思いながら背にして図書館に急いだ。あの"英雄様"は今頃取り巻きに囲まれて身動きが取れなくなっているだろう。
---また後で続き書く---
ある時、ドブネズミは旅に出た。
しばらく歩くとハムスターと出会った。
「やぁこんにちは。」
「こんにちは、君も脱走してきたの?」
挨拶をするとハムスターはそんなことを聞いてくる。
「いいや、俺はノラのドブネズミなんだよ。」
「それは羨ましいなぁ」
「どうしてだい?」
その問いかけにハムスターは深くため息をついた。
「僕の生活はそれはもう窮屈なんだよ。一日中狭いカゴの中に入れられて、自由がないんだ。」
項垂れている様子のハムスターは罠籠にでも入れられていたのかとドブネズミは同情した。
「それじゃあ、俺の旅についてくるかい?」
「いいの?ぜひ行きたいな。」
そうして、ドブネズミとハムスターは2匹で旅に出た。
「ドブネズミくん、君はどこをめざして旅しているの?」
「俺は前住んでいたところを追い出されてな、新しい住処を探しているんだ。」
「ノラなのに好きなところに住めないの?」
「ノラでも人生全部を好きに生きられるわけじゃないからな。」
「ノラはノラで大変なんだね。僕やっていけるかな…。」
「案外何とかなるもんだよ。」
そんな話をしながら歩いていたが段々と日が傾いてきた。ドブネズミは川辺に下水道の穴を見つけそこで休むことにした。
「ドブネズミくん、ここなんか濡れてるし臭いんだけど。他にいい所はなかったの?」
「ネズミが眠れる場所なんてどこもこんなもんだよ。」
「そっか…。それなら仕方ないね、我慢してここで寝るよ。」
ハムスターは少ししょんぼりしながらできるだけ濡れていない場所で丸くなり眠った。
次の日、2匹が起きるとご飯を探し始めた。
「カゴの中なら朝はお皿にご飯が盛られてたんだけどな…。」
「自分で探し出した飯は結構美味いぞ。」
腹ぺこの体を懸命に動かし2匹は路地裏に捨てられている残飯を見つけた。
「ドブネズミくん、これ腐ってない?大丈夫?」
「かなり状態いい方だ、安心して食いな。」
初めて食べる味にハムスターはとても感動したがその後お腹を下した。
そんな生活を繰り返しながら旅は続き、ある日通りかかった用水路でネズミ一家に出会った。ドブネズミはその一家のお嬢さんに惚れ込んで自分もここに住むことを決めた。
「ハムスターくん、俺ここに住むって決めたよ。」
「そっか、新しい住処が見つかって良かったね!」
「ハムスターくんはこれからどうするんだい?一緒に旅をした仲だ、君もここで暮らさないか?」
ドブネズミの問いにハムスターは首を振った。
「色々考えんたんだけど、僕は元のカゴの中に帰ろうと思うよ。」
「なぜだい?せっかく自由になれたのに。」
「僕は人間に飼われている方が向いてたみたいなんだ。憧れてた外の世界は僕にとっての楽園じゃなかった。」
その答えにドブネズミは寂しさを覚えながらも、友人の決定を尊重することにした。
「そうか、それじゃここでお別れだな。」
「うん、旅に誘ってくれてすごく嬉しかったよ。」
「…正直君に会えなくなるのはすごく寂しいよ。元気でな。」
「ドブネズミくんも元気でね。」
別れの言葉を交わしハムスターはカゴをめざして帰っていった。
そうしてドブネズミの旅は終わった。
-自由なドブネズミと自由に憧れたハムスターの話-