【忘れたくても忘れられない】
小学校の先生に怒られてしまったこと。
友達に嘘をついてしまったこと。
人違いで知らない人に話しかけてしまったこと。
何気ない一言で誤解させてしまったこと。
間違えて先輩を呼び捨てにしてしまったこと。
大事な手紙を捨ててしまったこと。
勘違いで大きな失敗をしてしまったこと。
大切な人を泣かせてしまったこと。
忘れちゃいけないことを、忘れてしまったこと。
【きっと明日も】
きっと明日も、私はお前のことを夢に見る。
小さい頃に殴り合いの喧嘩をしたこと、真夏の通学路でアイスを食べたこと、一緒にカラオケで徹夜したこと。お前といた時が、私は人生の中で一番楽しかった。涙が出るほど笑ったのは、きっとあの頃で最後だったと思う。
一生恋人ができないかも、と零したお前に、それでもいいじゃん、と返したよね。ずっと二人で遊べるんだったら、私はお前に恋人なんかできなければいいのに、と思った。確かに、と笑っていたお前は、あの時どんな気持ちだったんだろう。
学校を卒業してからは、なかなか会えなくなってしまった。お互いに仕事が忙しくて、スケジュールが合わなくなって、毎日取り合っていた連絡もまばらになった。もう前みたいに徹夜はできないね。たまに遊びに出掛けた時は、お前が仕事の話ばかりするから、全然面白くなかったよ。
私は、いつまでもお前と過ごした日々のことが忘れられない。他の誰と過ごす時間も、お前のくれた時間を超えることはない。お前との毎日が、私にとっての幸せだった。今も、きっとこれからも。過去に縛り付けられたまま、一生を過ごしていくんだと思う。
結婚おめでとう。
【蝶よ花よ】
蝶よ花よと育てた我が子が、SNSでオジサンを釣っていた。
私は雷に打たれたような思いだった。そんな子に育てた覚えはない。どこでこんな遊びを覚えてきたのだろう。
何不自由なくとは言わないが、それなりの生活を送らせてきた。テストで良い点を取れば玩具を買ってあげたし、家の手伝いをすればお駄賃をあげた。
そんなあの子も今年で18になる。私の言うことを素直に聞くばかりではない。先日も、つい世話を焼こうと口を挟んだ私に対して、放っておいてと苛立ったように言い返してきたばかりだった。
本当にこの写真はあの子なんだろうか。何度見返したところで、半信半疑が確信に変わるばかりであった。小さい頃から見守ってきた親だからこそ分かる。可愛い我が子の信じられない姿に、私はひとりで頭を振った。あの子はきっと、蝶でも花でもない、蛙の子なのだ。
偶然とはいえ、見かけてしまったからにはなかったことにできない。居ても立っても居られなくなり、リビングのソファから腰を上げる。
この画像は本物なのかと問い詰めながら、あの子と話をしなければならない。どこからそんなはしたない服を手に入れたとか、どんな友達とつるんでいるのかとか。蛙の子の親として、それを知る義務がある。愛息子の可愛い女装姿を画像フォルダに収め、私は嫁のクローゼットを開けた。
【最初から決まってた】
少女は、誰にも聞こえない声で言った。
がらがらと音を立てて崩れ行く足元。建物の燃えるにおい。高さあるものはすべて消し飛んだ。視界に広がるのは、曇天。目に見えない大きなもの、『運命』と呼ばれるそれは、少女の日常を一瞬にして奪い去った。
「最初から決まってたんだ」
緻密に絡み合った糸が解けて散り散りになるように、少女を形作っていたものは全て消えた。くだらないことで笑い合った友人。淡い恋心を寄せていた先輩。鬱陶しくも優しかった家族。チョークが黒板を擦る音。肩車する親子。香水の香り。揺れる吊り革。照りつける日差し。
「最初から決まってたんだ」
今さら気がついても手遅れだった。目眩がする。肺が焼けるように熱い。脳が理解を拒絶している。こみ上げる吐き気を飲み込んで、少女はふらふらと立ち上がった。
煤けた制服の裾は破けて、髪は暴風に乱れてぐしゃぐしゃだ。そんなの構わずに、天をきっと睨みつける。
最初から決まっていた。こうして、少女が世界にたったひとり、生き残ってしまうことすら。それならば、やることは決まっている。何の力も持たない、どこにでもいる少女にできることは。
「ふざけんなよ」
『運命』とやらに向かって、唾を吐きかけてやることだけだ。
【友情】
あの子とあの子が、友達になりたいらしい。
わたしはあの子と友達だから、間を取り持ってあげるよ。
あの子とあの子が、友達になったらしい。
良かったね、あの子と仲良くなりたがってたもんね。
あの子とあの子が、連絡先を交換したらしい。
昨日は夜遅くまで、色んな話をしたんだって。
あの子とあの子が、二人で遊びに行くらしい。
ふーん、そうなんだ。