【今一番欲しいもの】
今一番欲しいものは何かって?
よしてくれ、ぼくはひどく優柔不断なんだ。
ブランドの腕時計。そいつは随分いかすだろうけど、一番欲しいかというとそうでもない。
お金。そいつは随分現実的だろうけど、何に使うか決められずに持て余すはずだ。
時間。そいつは随分建設的だろうけど、何をするか決められずに過ぎていくはずだ。
かわいい恋人。そいつは随分魅力的だろうけど、気が多いぼくはきっと一人を愛せない。
人生の幸せ。そいつは随分抽象的だろうけど、それを願うほどいま不幸せって訳じゃあない。あぁ、困ったな。
そうだ、いいことを思いついたぞ。
ぼくが今一番欲しいもの、それは、『答え』だ。ぼくが今一番欲しいものは一体何なのか、答えを教えてくれないか。
【視線の先には】
おれは殺し屋だ。
おれと目が合った奴で、最後に生きてその場を離れることができた人間はいない。自分で言っちゃあなんだが、目にも止まらぬ速さで心臓を撃ち抜く、凄腕のスナイパーなんだぜ。
今は、ターゲットのことを観察している。なに、ちっとばかしお喋りに付き合ってくれてもいいだろう。時間なんて有限なんだからさ。同時にふたつのことをしたって、罰は当たらねえよ。
こういう稼業をやってるとさ、ふつうの顔して生きてきたような奴も、案外どっかでとんでもない恨みを買ってるもんだと思うよ。当の本人はそんな自覚、それこそ死んでもわからないんだろうけどな。そいつらは殺される瞬間、なんで?、って顔しやがるんだ。間抜けなもんだぜ。
殺し屋は、そいつがどんな人生を生きてきたかに興味はない。仕事だから殺すだけ。お前だって、街ですれ違う人間の人生になんか興味ないだろ?それと同じさ。
だが、おれは違う。ターゲットのことを徹底的に観察してから殺すんだ。たいていは、これから死ぬって事実を知らずに、のほほんと生きてやがる。そういう連中の過去とか、生き方とか、考えとか、好みとか、人間関係とか、全部が全部を調べ上げる。面倒だし、手間もかかるし、たまには情が湧いちまうこともある。
だからこそ、おれはそれを怠らない。丹精込めて作り上げた砂の城をぶっ壊す瞬間みたいで、ワクワクしちまうだろ?なに、分かってもらう必要はない。お前にはこれから先、いっさい関係ないことだからな。
そいつを殺す瞬間まで、おれはターゲットを観察することをやめない。おれが殺し屋だって分かった瞬間なんて、笑えるぜ。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったもんだ。自分が殺される訳がないと思っているやつほど、視線を左から右、右から左へと動かしやがる。あいにく守秘義務ってのがあってさ、依頼主や殺される理由ってのは教えられないんだけどさ。
今日はお喋りが過ぎちまったな。おれが言いたいのはさ、人の死に触れるってのは、人の人生に触れることって話だよ。おれはターゲットが死ぬ瞬間の顔ってやつを全部覚えてる。そいつがどんな人生を歩んできたのか、いちばん簡単に知ることができるからな。平和な人間は、命を奪われるその瞬間まで平和な面してやがるんだぜ。ほら、こうして今もすっとぼけた顔を晒してる。
お前だよ、お前。
【手を取り合って】
だから、わたしの手を取って。
毎晩、あなたのために詩を読むわ。
目に留めてもらえなくてもいいの。まだ伝えきれていない気持ちがたくさんあるから。満杯にしたためた便箋を、あなたの枕元にそっと置くの。
毎朝、あなたのために歌を歌うわ。
朝が苦手なあなたが、いつでも気持ち良く目覚められるように。歌の練習もうんとしたのよ。もしも一言褒めてくれたら、わたしはきっと泣いてしまうわ。
他の子を好きになってもいいの。
たとえあなたに愛されなくても、わたしの愛は変わらないから。あなたが笑顔でいてくれるなら、わたしの涙は安いものだわ。でもごめんなさい、あなたを好きでいることはやめられないの。
あなたのためなら命も惜しくないわ。
だって、言葉をかけてもらえるだけで幸せだもの。あなたがわたしに向けて声を発してくれるなら、わたしは何だってできるのよ。他のすべてを投げ出してでも、あなたの願いに寄り添うわ。
あなたの手を取ることを許してほしいの。
ふたりで手を取り合って生きるなんて、そんな高望みはしないわ。もう二度とあなたに触れられなくてもいい。でも、最後にもう一度だけでいいから、わたしに笑いかけてほしいの。
だから、わたしの手を取って。
もう一度、その瞼を上げてください。