【視線の先には】
おれは殺し屋だ。
おれと目が合った奴で、最後に生きてその場を離れることができた人間はいない。自分で言っちゃあなんだが、目にも止まらぬ速さで心臓を撃ち抜く、凄腕のスナイパーなんだぜ。
今は、ターゲットのことを観察している。なに、ちっとばかしお喋りに付き合ってくれてもいいだろう。時間なんて有限なんだからさ。同時にふたつのことをしたって、罰は当たらねえよ。
こういう稼業をやってるとさ、ふつうの顔して生きてきたような奴も、案外どっかでとんでもない恨みを買ってるもんだと思うよ。当の本人はそんな自覚、それこそ死んでもわからないんだろうけどな。そいつらは殺される瞬間、なんで?、って顔しやがるんだ。間抜けなもんだぜ。
殺し屋は、そいつがどんな人生を生きてきたかに興味はない。仕事だから殺すだけ。お前だって、街ですれ違う人間の人生になんか興味ないだろ?それと同じさ。
だが、おれは違う。ターゲットのことを徹底的に観察してから殺すんだ。たいていは、これから死ぬって事実を知らずに、のほほんと生きてやがる。そういう連中の過去とか、生き方とか、考えとか、好みとか、人間関係とか、全部が全部を調べ上げる。面倒だし、手間もかかるし、たまには情が湧いちまうこともある。
だからこそ、おれはそれを怠らない。丹精込めて作り上げた砂の城をぶっ壊す瞬間みたいで、ワクワクしちまうだろ?なに、分かってもらう必要はない。お前にはこれから先、いっさい関係ないことだからな。
そいつを殺す瞬間まで、おれはターゲットを観察することをやめない。おれが殺し屋だって分かった瞬間なんて、笑えるぜ。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったもんだ。自分が殺される訳がないと思っているやつほど、視線を左から右、右から左へと動かしやがる。あいにく守秘義務ってのがあってさ、依頼主や殺される理由ってのは教えられないんだけどさ。
今日はお喋りが過ぎちまったな。おれが言いたいのはさ、人の死に触れるってのは、人の人生に触れることって話だよ。おれはターゲットが死ぬ瞬間の顔ってやつを全部覚えてる。そいつがどんな人生を歩んできたのか、いちばん簡単に知ることができるからな。平和な人間は、命を奪われるその瞬間まで平和な面してやがるんだぜ。ほら、こうして今もすっとぼけた顔を晒してる。
お前だよ、お前。
7/19/2023, 11:08:59 AM