隣に座るあなたと、ふわりとした空気につられて気が緩んだのだろう。
「しまった」と思った時にはすでに、生ぬるい感触が頬を撫でて落ちていた。
楽しげに話していたあなたが、はたとこちらを向きその目が僅かに開く。
こんな時、いつもよく動く舌は動いてくれない。
数回瞬いたあとにゆるりと細くなる目。
私は何も言えず、そっと視線を外した。
今はその瞳に映さないでほしい。
あなたの中ではずっと笑っていたいから。
今はその瞳で見つめないでほしい。
安らぎを求めて、縋りそうになるから。
ただ、カラン、と氷の溶ける音が響いた。
《安らかな瞳》
私の思い描く明日には、必ず君の姿がある。
きっと君の思い描く明日にも、私の姿があるのでしょう。
私の思い描くこの先の今日には、君の影がある。
君の思い描くその日に、私は写っているのでしょうか。
屈託のない笑みを浮かべる君へ。
今が楽しいと言わんばかりに顔をほころばせる君へ。
今なお宛先の書けない私の想いを知ろうとも、
どうか変わらぬままでいてください。
《ずっと隣で》
目的のない散歩は良い。
どこに行くでもなく目についた道に入るだけ。
殊に、雨音が人の気配を消し、湿った空気の匂いがする雨の日は、良い。
ただ、雨は嫌いだ。
雨は、記憶にかかった埃をすあっとどこかへ流してしまう。
雨は、あの日を写し出す。
雨音に紛れて聞こえてきた旋律に、足を止めたあの日のことを。
あの音は、どこから来たのだろう。
あの音は、誰が響かせたのだろう。
あぁ、雨が嫌いだ。
今日も雨が、降っている。
《もっと知りたい》
廊下に出ても寒さが気にならなくなってきた頃だったでしょうか。
その日、用もなく音楽室に足を踏み入れました。
かすかなピアノの音に惹かれてのことでした。
同学年でありながらこれといった接点もない方がピアノを弾いておりました。
その後、週に三度ほどそこへ通うようになりました。
ピアノを弾いて聴かせてくれる人が物珍しかったのでしょう。
時が経ち、半袖では心もとない季節となった今でも「それ」は続いております。
初めの頃と変わらず相手との間柄はこれといった接点もないというもののまま。
されど、数えられる程度の言葉しか交わしたことのないこの関係は不思議と欠片ほどの砂糖を含んだ微睡みを誘うのです。
《穏やかな日々》
あなたがそれを笑顔と呼んだから、私もそれを笑顔と呼ぶことにした。
あなたがそれを素敵だ言ったから、私もそれを素敵だ言うことにした。
あなたが「綺麗」を教えてくれたから、私はあなたが綺麗なのだと知った。
「綺麗」は、見ていて幸せにになれるものだとあなたは言った。
綺麗なあなたが、素敵だと言いながら笑える時が永久に、つづいてほしいと思った。
あなたはこの気持ちにどんな名前をくれるのだろうか。
《愛と平和》