神が本当にいるなんて、信じていなかった。けれど、玄関から出ると、僕の目の前にそれは居た。
「……どうも、神です」
漫画や小説に出てくるような威厳のある感じじゃなくて、コミュ障で俯いていて、なんだか親近感を持ってしまう。
「神様がどうして僕のところに?」
「それは……わたしが出来損ないであるからです」
もっと俯いて神は言う。僕が持っていた神のイメージと違いすぎて、少し拍子抜けた。
「取り敢えず、お茶飲まない? 家入りなよ」
神相手にタメで良いのか分からないけれど、僕は自然とそのように喋っていた。
「ありがとうございます……」
神は顔を上げてそう言った。そこに浮かぶ笑顔は懐かしい思いがして、僕は少し涙した。
#神様が舞い降りてきて、こう言った。
人のために何かができるだなんて、なんて素晴らしいことなのだろうか。強制でも任意でも、他人のために動くという行動をとったら、人は認められるべきだ。他人のためになったなら賞賛されるべきだ。
けれどわたしは、賞賛されるためではなく、あなたの笑顔を見るために行動する。
#誰かのためになるならば
ピピピピピ、と鳴いた。届かない。
届いてほしい人の元へ、早く開放されたい。
#鳥かご
何の変哲もない腕時計。どう頑張ったとしても、その価値は1000円を上回らないだろう。
僕は、ずっとそれを触ってみたかった。その持ち主に、「その時計、お洒落だね。すごく似合っているよ」などと言いたかった。
けれど絶対に、それは叶わない。時計の持ち主は、もうとっくに逝っている。持ち物は全て質屋にまわされて、もう君が居た証拠は、この世には残っていない。
どうしたらいい? 僕は泣きじゃくることしかできない。
#今一番欲しいもの
あれはいつのことだろうか。記憶がないはずの僕に、ぼんやりとしたものが浮かぶ。
ある夏。白い服の女の子と、虫取りをしたあの日。彼女のワンピースがふわりとたなびいて、可愛いと感じた。虫よりも、彼女を必死に追いかけていた。
過去の話が1番美しいと誰かが言った。僕の思い出は、ひとつしか思い出せないけれど、額縁に入れて飾りたいくらいには、美しくて好きだ。
#遠い日の記憶