時間が足りなすぎる。
たくさん稼ぎたいけれど、時間は有限であって。
やらなくちゃいけないこともあるけれど、そういうのは後回しになってしまうものであって。
仕事はたくさんして、お金をたくさんほしかった。
だから月に休みは片手で数えるくらい、残業時間も40時間もこえていた。
やらなくちゃいけない家事とかもあるけれど、仕事が大変でおざなりになっていた。
やりたいことをするためには、削れるところを削るしかなかった。
睡眠時間を削った。パフォーマンスが低下した。
食事の費用と時間を削った。体に不具合がおきるようになった。
やりたいことをする時間を増やそうとすればする程、自分の身が削られていって。
やりたいことは、絵を描くことです。小説を書くことです。歌を歌うことです。
……やりたいことは、身を削ってまでやることだったっけ……?
自分からすれば、身を削ってまでやりたいことだけれども、端から見たら鼻で笑われることなのかもしれない、と。
限りある時間に、やりたいことをするのは難しいとつくづく思う。
【やりたいこと】
カーテンの隙間からさしこむ光で目が覚めた。
時間はまだ五時。さすがに早い、まだ二度寝ができる許容範囲である。
(……ん? 朝日?)
ぼーっとしたまま、しばしその光を眺めた。
今は梅雨で、雨が続いている。久々に朝日を見た気がしたのだ。
もし、日中に雨があがって、太陽が出てきたとしても、それはギラギラの夏に近い太陽である。
でも、朝日はそんな攻撃的ではなく、朝ですよ、と、柔らかく包み込むような温もりを感じる。
しかし彼女は寝返りをうち、朝日に背を向けた。
朝日の温もりも心地よいが、今は布団の温もりの方が、何倍も気持ちがよいようだ。
【朝日の温もり】
6月上旬の梅雨入りした頃、俺の目の前に大きな二つの道があった。
就職するか、大学とかに進学するか、だ。
進学するにしては、今から試験勉強をして追い付くか謎。就職するとなると、俺なんかが社会に出て働いていけるか不安。
今の時代は大学卒業するのが当たり前。でも、親はお金は一切出さないと言いきった。奨学金で進学する? そのお金はきちんと返せるように働ける?
謎と不安のループ。
しかしもう六月。就職組はもう求人票置き場に足しげく通っているようだ。進学組もとにかく勉強をしているようだ。
俺だけが、岐路に立たされたまま取り残されているのだ。
誰かと一緒にその分かれ道を選ぶのは違う。これは俺の人生だから。
今年の梅雨が終わるまでには、決めなくちゃ、だよな。
俺はしとしとと降る雨を眺めながら、大きくため息をついた。空模様と同じ、どんよりとした表情で。
【岐路】
どこかの大昔の預言者が、今日、世界が滅びると記述をしていたらしい。
そういう預言は、過去に何度かあった。
でも、滅びず今がある。
しかし、今回はそうとは違うらしい。
テレビをつけると、どこの番組も同じニュースを流している。
『巨大隕石接近中』とタイトルにはあった。
世界中が混乱しないように、政府の中で隠していたらしい。あと12時間で到達すると言っている。
恐竜が滅びた時以上の規模だとか、北半球の方に落下予定だとか。不安を煽ることばかり言っていた。
「朝からずっと同じニュースなんてみててもつまんないよー」
彼女は俺の隣のソファーに座って、テレビの電源を切る。暗くなったテレビに俺と彼女が写った。
「なるようにしかならないでしょ? たまたまお泊まりデートの日でよかったねー」
「……よかったのか?」
「一人ぼっちで死ぬよりいいじゃん」
世界の終わりに君と過ごす何気ない日常。
これからどうするのか、どうなってしまうか、わからない。
わからないけれど、君と一緒ならどうにかできるかな、と謎の安心に包まれた。
彼女は、ねっ?、と俺の反応を伺う。
「そうだな、一人ぼっちより、好きな人と一緒のほうがいい」
世界の終わりまで、隕石の落下まで、あと三時間と、最後俺がみたニュースには書いてあった。
【世界の終わりに君と】
もう夜の七時。
まだ全然家事ができてない。洗濯物も取り込んでないし、夕飯も作ってない、お風呂もわかしてない。
なのに非情にも我が子は泣く。
どうして? ミルクあげたじゃん、ミルクは腹持ちいいんじゃないの? オムツもさっき変えたよね? なんで泣くの?
私がうなだれていると、ただいま~、と旦那は帰ってきた。
「ごめん、今からご飯作るから、子守りしてて」
「えー、俺も仕事で疲れたから風呂入りたいんだけど」
「じゃあ一緒にお風呂入ってよ」
旦那は明らかに嫌そうな顔をする。
どうして? あなたも子どもほしがってたよね? 機嫌のいい時しか構ってあげないの? 疲れてるのもわかるけど、私も疲れてるのになんで?
我が子は日に日に泣き声も大きくなってきた。新生児の時は我慢できた泣き声も、今だと聞いていられなくなったのか、旦那はそそくさと脱衣所へと行く。
「……最悪」
思わず口をついて出てしまった。
言ってはいけないと思っていた言葉。
でも、私も我慢がもうできないよ。
「……私も、最悪……」
【最悪】