ここは空気の綺麗な片田舎。
都会の雑踏、騒音、汚いスモック、ばかでかい建物、明るすぎる電気の光る街、そんな呪縛から解放されたく、仕事も家族も捨てて、ここにきた。
見上げるほど高い建物はなく、燃費の悪そうな車がたまに通るくらいでうるささは皆無。夜空なんかは辺りが暗いからか、星の輝きの方が家の明かりよりも多く眩しかった。
ずいぶんと遠くまできてしまったが、友達や親との連絡のためにも、スマホ所持していた。
田舎の娯楽は少ない。カラオケもゲーセンもコンビニさえもない。そのため、早く寝るかスマホをいじるしかないのだ。
ネットを開くと、新しい映画情報やら、話題のスイーツやら、新作メニューなんかが飛び交っている。
都会に住んでいたら、全部見たり買ったり網羅できていたけれど、ここに住んでからというもの、全部スルー案件である。
SNSを開けば、その新作やブームに乗った投稿を目にする……自分が惨めになってきた。
田舎にきての利点は、都会の呪縛から逃れたかったから、なのに……
翌年、都会に出てきた俺。
田舎も都会も経験したが、一度楽を覚えてしまった人間はだめだな。
都会の呪縛からは逃れられないようだ。
【逃れられない呪縛】
明日なんてこなければいいのに。
隣ですやすや眠っている彼女を見て、俺は思った。
明日になれば、彼女は家へと帰ってしまう。
長く伸びた前髪を掻き分けて、可愛い寝顔を拝ませてもらった。
昨日はいろんな所にデートに行ったね。
やっぱり、動物園からの映画館のレイトショーはハードだったね。
でも、予定を詰め込まなければいけない理由がある。
遠距離恋愛なのだ。だから、会っている今日にたくさんの予定を詰め込まなければならなかった。
彼女は楽しくすごせただろうか。
今日が昨日になって、明日が今日になった。
まだ今日は始まったばかりなので、今すぐ帰る訳ではないけれど。
「もっと一緒にいたいなぁ……」
ぽつりと呟く。
「次はいつ会えるかな」
いつもは強気の俺だが、今日はやけに弱気になっていた。
楽しかった昨日へのさよなら、新しい日との出会い。でも、明日がずっと続けば、また彼女とデートできる。
ずーっと見ていたいけれど、俺も目を閉じた。
【昨日へのさよなら、明日との出会い】
濁りのない綺麗な水。透き通っていて、不純物のない……かつての私も、こういう感じだったのだろうか。
気分転換にやってきた山の湧き水をすくって、私はしばらく考えた。
生まれたばかりの私も、混じりけのない水で、でもいろんなものに触れあって、いつの間にか濁っていった。
山からの湧き水は酷く冷たく、でも柔らかかった。
不純物を今から取り除くというのは、難しいものだろうか。
私はただ透明な湧き水に指をつける。
私は汚れきってしまった。疲れたのだ。
だから、もう最期にしようと、この人気のない山の中に入った。
でも、ここには人の手のおよんでいない、綺麗な自然があって、こんなふうに綺麗な水もあって、綺麗な空気が漂っている。
今の私は、自ら命を断ちたいというどす黒い淀んだ心だけれども。
透明な水から指先を離す。なんだか、少しだけ心が透明になった気がしたから。
もう少しだけ、生きてみようかな。
適当に歩いてきた山道を私は戻る。足元には透明な水が帰り道を示してくれていた。
【透明な水】
お前の理想は高すぎる。
歴代の彼氏に、何度この言葉で別れを告げられたことか。
私は理想が高いと思ったことは一度もない。
きちんと働いていて、ギャンブルはしないで、タバコは吸わない。絶対浮気をしないでくれて、お酒は程々で日付が変わるまでには家に帰ってきてほしい。
ただこれだけ。
これのどこが理想が高いのだろう。
私の普通が他人にとっては普通じゃないのだろうか。
でも、あくまで歴代の彼氏に言われたことであって、過去の話。
今、私の横では、すやすやと理想の彼氏が眠っている。お世辞にもかっこいいとはいえない、平々凡々な私の彼氏。
やっと理想のあなたに出会えた。
私はクスッと傍らのあなたの寝顔を見て笑った。
【理想のあなた】
私の大好きな作家さんが消えた。死んだ、ではなく、消えた、のだ。
ネット社会になり、この現象を体感した人は多いのではないだろうか。
今日も私はいつものように、その人の更新を楽しみにしていた。毎日夕方五時に定期更新をしてくれる作家さん。
仕事で疲れた心に、クスッと笑わせてくれる絵日記やブログを書いてくれて、私の仕事終わりのルーティーンとして、毎日読みに行っていた。
エラーページは心がえぐられる。
存在しませんと、ホームページ自体が消えていた。
ネット回線の問題かと思ったが、そうではないらしい。
作家さんのSNSに飛んでみる。そうしたら、かろうじて存在はしていた。
しかし、過去のタイムラインはほぼ消えていて、アイコンも真っ黒。固定されたタイムラインが一つだけ。
『ありがとう、さようなら』
一体、なにがおこったの?
突然のことで頭が真っ白になった。
情報収集をしても、なにが真実で何が嘘かがわからない。だって、本人じゃないから。
別れというのは突然で、もっとも、ネットだけの繋がりが増えたせいか、こういった別れが極端に増えた気がした。
過去のことは全て消して、意味深な文章だけを残し、突然消えて行く別れ。
あなたは私のことを覚えてないかもしれない。
でも、私はあなたの作品に触れて、毎日頑張る糧になっていたのは事実。
あなたにとって、私はただの一ファンなだけだったけど、その一ファンはたくさんいて、たくさんの支えられていた人もいたというのに。
突然の別れで、スマホを握る手に、指先に力が入らない。
さようならは言いたくない。でも、一言だけ。
「ありがとう」
私はあなたのタイムラインと同じ一言を無意識に口にした。
【突然の別れ】