俺は吸血鬼である。
皆様ご存知、日の光を浴びることができない。
浴びてしまったら最期。そう、最期なのである。
俺は昔からの言いつけを守って、陽の出ている時は外にはでない。窓際にも近づかないようにしている。
でも、俺にも子ども時代があった訳で。友達もいた。
子どもの時は好奇心旺盛で、できないこともやってみたくなるお年頃。
ある日、友と陽が傾く前に遊んでいた。
春風がカーテンを翻し、陽の光が友にあたった。
あたって消えた。シャボン玉の歌のように。
時は経ち、大人になり、たまにあの時窓際にいたらと考える。
俺の時間は夜。
夜空を見ていると、時たま流れ星が通過する。
人間達は流れ星に願いをすると叶うというジンクスがあるらしい。
もしも吸血鬼でも叶えてくれるなら……
一瞬キラリと光横切る流れ星に、俺は願い事を唱えてみた。
【流れ星に願いを】
※【沈む夕日】の続編
赤信号の時は止まりなさい、生き物は殺してはいけません。
そんなルールは当たり前、小さい頃から教わってきた。
人を叩いてはいけません、弱いものには優しくしましょう。
親や先生に耳にタコができるくらい聞かされていた。
ルールを守らなければいけないのは分かっている、そのルールや思いやりがなければ、あっという間に世界が混沌としてしまうから。
でもさ、この目の前にいる猫。
赤信号なのに道路のど真ん中歩いているし、鳥を捕らえて見せびらかしてくる。
人間世界のルールを意図も容易く犯す。
人間や他の動物にも猫パンチしてくるし、弱い者だと思うと態度でかいし、思いやりっていうのも欠けていると思う。
だけれども、ルールや思いやりが欠如していても、こんなにも和むの。癒されるの。なんでだろうなぁ。
私は日向ぼっこをしてあくびをする猫を見て笑顔でそんなことを思っていた。
ルールは破るためにある、という意見にも賛同できないけれど、それを堂々と破って生きていけるこのこ達は、控えめに言って羨ましい。
【ルール】
今日は寝坊をしてしまった。
別に仕事でもないので、寝坊したところで怒られることもないのだけれど、せっかくの休みが、自分時間が削られるのが、なんとなく惜しいと思っただけである。
仕事の時はきびきびとしているので、休みの時はリラックスしたい。
そうでもしないと、心模様が乱れてしまうから。
今日の心模様は、出鼻を挫かれたので現在曇り模様。
今から映画でも見に行って、マッサージとかで揉みほぐしてもらって、心も体も軽くなって、曇りから晴れになるといいなぁ。
まだ布団の中で本日のタイムスケジュールを組み直す私であった。
【今日の心模様】
あたりは真っ暗、暗闇だった。
そんな中に忽然と、遠くの方で光が揺らめいていたら、みんなはどうする。
怖くて寂しくて何もわからない黒の世界に、ぼんやりと青白く光るものや、ゆらゆらと赤い光が見えたら、その不安を打ち消してもらうために、近づいてしまうだろう?
私は虫である。
明るいものに飛び付くことがある。
店前の青白い光にアタックして、全身に高圧電流を流されてその場に倒れた仲間をみた。
キャンプファイヤーの明るさに魅了されて、体が燃えて消えた仲間をみた。
たとえ間違いだったとしても、私たち虫の『さが』である。
行かなきゃよかった、と後悔しても、そういう性質なのだから仕方がない。
最期に見えた光は、闇の中の一時の希望の光で、痛いや熱いや苦しいよりも、これが綺麗で残酷な光なのだな、と思った。
思ったと同時に、意識がなくなった。
【たとえ間違いだったとしても】
冬場は窓ガラスに結露のためか、やけに水滴がついていたはずなのに、最近はその雫も見なくなった。
春から夏場は梅雨の時期も重なり、傘から滴る雨粒を鬱陶しく憎たらしく、その雫を見ていた。
気がつけば夏も終わり秋、朝露なんて言葉がある白露や寒露の時期になっていた。
窓ガラスについた雫も、傘から落ちる雫も、草花に降りた雫も、同じ水滴なのにそれぞれの味がある。
今、頬を伝ったこの雫、これにはどんな味があるだろう。
【雫】