バリバリの仕事人だった私に、赤ちゃんが生まれた。
とてもふにゃふにゃで、柔らかくて、くしゃくしゃで、でも日々成長している。
産後は八週目から仕事復帰をしていいらしい。法律でそう定められている。
事前準備を怠らない私は、既に保育園も確保し、その八週目から仕事に戻った。
「中田さん、お久しぶりです~体大丈夫ですか?」
後輩達がみんな私を出迎えてくれた。お祝いも色々もらっていただけに、育児休暇のない会社の私は更に働かなければ、という気持ちにかられていた。
そんな時だった。
「中田さん、保育園から電話です~」
子どもが熱を出したらしい。
「子どもが小さいから仕方がないですよ!」
「今は復職期間ってことで!」
みんなから同情された。
「働いてるだけでもすごいことですよ!」
「旦那の稼ぎがよかったら私なら仕事辞めちゃうくらいですから、中田さんはすごいです!」
その同情が、やけに痛くて。
産後のメンタルはずたずただ、その同情はマイナスの意味にしか捉えられない私にも苛立ちがある。
「中田さん!?」
私は初めて職場で泣いた。接客業の現場で、泣いてしまった。
この涙は、なんの涙なのだろう。
【同情】
※【冬休み】の続編
落ち葉には、
緑色でまだ元気なのだが、風で飛ばされたりしてやむなく落ちたものと、
もう元気がなく、枯れてしまったものがある。
人の夢もそれに似ている。
夢に向かう元気があり、まだ諦めきれていないが、時間とお金とが折り合いつかずに逃してしまった夢と、
圧倒的にこれは無理だと諦めて、または目を背けた夢。
植物の枯葉は、枯れたり変色したらもう戻ることはない。
でも、夢の枯葉は、いつの日か再び芽吹くことだってある。
社長になりたい、メジャーデビューしたい、お店を出したい。いつの日か夢見て枯れてしまったものでも、もしかしたら、枯れ果てていない葉っぱだとしたら。
神様はその枯葉を拾い上げてくれるかもしれませんね。
【枯葉】
今日は私の誕生日。
今日だけは、私が主役。
何をやっても言い訳ではないけれども、ちょっとくらいのわがままなら、誕生日だから、と、罪悪感なく済ませることができる。
誕生日だから、ノー残業デーとしてもいいよね?
誕生日だから、ご褒美デザート食べていいよね?
誕生日だから、誕生日アピールして祝ってもらってもいいよね?
あっという間に夜の十一時。
もうすぐ私の誕生日が終わる。
私が主役タイムも終わる。
明日は明日の主役がいらっしゃる。
明日誕生日の人はおめでとうございます。
今日にさよなら、また私の主役の日は来年に。
【今日にさよなら】
時間は夜の十時すぎ。
あたりは真っ暗で、二月ということもあって、若干、いや、結構寒い。
学校の時はクラスメイトにいじめられ、家にいれば父親から性的暴力を受ける。母親は、父親が私にそんなのだから、邪魔者扱いをする始末だ。
はぁ、と、ため息のような息を吐くと、白い息が確認できた。
なんのために生きてるんだろう、謎でしかない。
どこにいても辛い目にあうので、私は両親が寝静まるまで、こうして徘徊を続けている。
そして疲れたら、自動販売機の横に決まって腰かける。
この自動販売機の横は私のお気に入りの場所である。
風避けにもなるし、死角になるため人との干渉もほぼない。
そしてここで、イヤフォンで好きな音楽を聴くのだ。
お気に入りの場所でお気に入りの音楽を聴く。これが束の間の休息であり、至福のひと時。
寒すぎて、じっとしていられるのも一時間くらいが限界なもので。
そろそろ寝ただろうか、私は重い腰を浮かせる。
「あれ? ワタナベさん?」
私の名前を誰かが呼んだ。
それは一番見られたくなかった私のお気に入りの人だった。
【お気に入り】
※【この場所で】の続き
人一倍努力してきたはずなのに。
自分のことを放り投げてでもやってきたはずなのに。
誰よりも頑張ってきたはずなのに。
結局は自分の中での思い込みの「はず」だけであって、周りからは、貴方からは、なんの評価もなかった。
人一倍、貴方にみてもらえるように、料理やメイクなどを努力してきたはずなのに。
自分の時間を自分磨きとして、ダイエットをして貴方に見合うようにしてきたはずなのに。
誰よりも貴方を思って頑張ってきたはずなのに。
貴方に評価されなくても、誰よりも貴方を思って、これからも振り向いてもらえるように頑張ります。
【誰よりも】