「ねぇ、お願いがあるんだけど」
彼女が俺に声をかける。
俺はカメラを片手に、自分の彼女を被写体にしていたが、レンズの前にかけよってきた。
「何?」
「ここから撮って?」
そういうと、彼女は波打ち際に立つ。
夕焼けが海に向かって落ちている。空が赤々と燃えているようだ。だがしかし、
「それだと逆光になって、お前の顔が映らなくなるよ」
「いいの!」
彼女はバシャバシャと海辺へと入る。
「ほらー! 撮ってー?」
大声で俺に頼む。
あまり乗り気ではなかったが、カメラを構える。
波がキラキラと輝いている。本来なら同じくらい彼女も可愛いのに、やはり逆光で表情はわからない。
黒いシルエットが、夕日に照らされている。大きな赤く燃えた空に輝いている海、そこに彼女の黒いシルエットが、両手を広げている。
表情は見えないはずなのに、なんでだろう、楽しそうにしている彼女が見えた気がした。
自然と逆光と人物は、こんなに広大な画になるのか。
俺はシャッターを切ったあと、しばらく圧巻で呆けてしまった。
【逆光】
木漏れ日が地面を照らしている。
近くの小川のせせらぎが聞こえる。
遠くからは鳥のさえずりも聞こえた。
優しい風が体を包む。
少し歩けば山頂から広大な海も見えた。
これは遠く昔の私の故郷の風景だ。
アラームの電子音で目が覚める。
見慣れた天井、ほこりっぽい臭い。
カーテンを開けると行き交う人や車。
心なしか空気が濁っているように見える。
窓を開けると排気ガスの臭いと工事現場の騒音。
都会も住めば都だと思っていた。
故郷にいた時は気づかなかったけど、今、故郷の夢を見て、あの時の良さを知る。
こんな夢を見て、どこか私は、あそこに戻りたいと片隅にでも思っているのだろうか、と、考えさせられた。
もう、あそこに戻ることはできないというのに。
【こんな夢を見た】
タイムマシーンを作ったから乗ってほしい?
タイムマシーンがあったらどこに戻りたい?
どこぞの猫型ロボットのアニメの見すぎなのでは。
俺はどこにも行きたくない。
過去にも未来にも大昔にも遠い先の未来にも。
少し前に戻ってやり直したいとか、少し先に行って自分をみたいとか、大昔に戻って恐竜に遭いたいとか、遠い先の未来に行って宇宙をみたいとか。
そういうことは、一切考えないし、何より今で精一杯。
きっと少し前に戻ってもあの時の俺が、それが最善だと思っていたのだろう。
少し先に行っても、自分の先を見たくもない。未来は今から俺が作るのだから。
大昔に戻ったところで実体験として語ろうと誰が信じる? 遠い先の未来も同じ。
タイムマシーンを作ろうと切磋琢磨しているその「今」は俺は評価したいけれど、実験体として乗れと言われたら、答えはノーだ。
【タイムマシーン】
今日はなんだか特別な夜だなー。
あ、今、変なこと考えたでしょ?
違うよー。今日は久々に家族や親戚の顔を見れたなーって思って。
ほぼ一家離散状態だったのに、年の離れて上京していった兄さんや、まだ幼い弟、お母さんはパート掛け持ちでほぼ家にいないし、お父さんも単身赴任で家にいない。
そんな家族なのに、今全員、私の方をみている。
年の近いいとこたちや、家が近い親戚のおじさんおばさんまでいる。
みんなこんなにうちに集まってどうしたの?
今日は何かお祭りでもあったっけ?
そう思っていたら、かわるがわる一人ずつ私の顔を覗いていく。中には涙を流す者もいた。
なんだか皆に見つめられちゃって恥ずかしいな。
あんなにちょっと前まで重苦しいメンタルだったのに、今はとっても心が軽い。ほら、頬がほころんじゃう。
なんだかとてもいい香りがする、お線香のような。
なんだかずっと明るい、ろうそくの明かりかな。
私だけがいい気持ちなのに、家族親戚一同はまるでお通夜みたい。
今日は、とっても特別な夜だと思うんだけどなー。
【特別な夜】
※【夢を見てたい】の続き
流されて、眠っていた。
前までは波にもまれて、流されて、浮いたり沈んだりを繰り返していたが、今は奥底に沈んで流れることはあっても、浮かぶことはなくなった。
いつか誰かに届くようにと、海に放り投げ出された僕。
でも、誰に見つかることもなく、ただ静かに海の底にいる今。
たまに魚につつかれることはあれど、未だに人の手には届いていない。
中に入っている手紙は、まだ解読できるものであろうか。
なんの音も聞こえない。もう光も届かない程、海の底の底まで落ちていった。
魚と共に網にひっかかってあがることもないであろう奥底まで沈んでしまったらしい。
放り投げ出した者もきっともう存在していないかもしれない。
でも僕は存在し続けている。役割はもうわからないけれど、海の底で僕はもうしばらく眠っていよう。
【海の底】