僕は、冬というものを経験したことがない。
冬の時期は土の中にもぐっていたから。
今は夏、そして、ようやく今日初めて、土の中以外の世界を見た。
眩しくて暑くて、目がチカチカしそうになっちゃう。
興奮のあまり、僕はジージーと鳴き声をあげた。
すると、近くにいた鳥達の声が聞こえてきたんだ。
「暑いね~」
「こんな暑い中、セミの声なんて聞いてたら、余計に頭痛くなっちゃうよ」
「わかる~早く冬にならないかな~」
鳥達が僕の悪口を言ってるようだが、お構い無しで僕は鳴く。
「冬は冬で寒いけどね」
「でも、シーンってしてて夏と真逆じゃない?」
「確かに、雪が降ると尚更だよね、人も出歩かなくなるしさ」
鳥達の言っている、冬、は、なんとなく経験自体はしてるからわかるけど、雪、って、なんだろう?
鳴きながら鳥達の会話を聞き取ろうとしたが、
「もー、うるさくてたまらない!」
「場所移そう」
と、飛び立ってしまった。
雪、って冬にしか降らないものなのかな?
僕は、外に出ると短命らしいんだけど、雪、みれるかな?
大声を出しながら、僕は雪というものを待つことにした。
【雪を待つ】
作られた光を見て、何が楽しいのだろう。
寒空の下、クリスマスが近づいて来たからか、やたらとカップルが肩を寄せあい歩いている風景が目につく。
俺には彼女というものがいないので、こういった行事には無縁である。
人工的な光を見て、感動しているカップル達。何がそんなに良いのだろうか。
そう思うなら道を変えろと思われそうだが、あいにく俺も好き好んでこの道を通っている訳ではない。
ここが帰り道……というより、俺の家なのだ。
イルミネーションといえば、街中と思われがちだが、ここはど田舎、街頭だけでもイルミネーション化しているくらいの、ど田舎である。
しかし、そのど田舎の中に、煌々と光輝き、たくさんの色が移ろい点滅する。でかい樹木と家の壁面に大量の電球を添えて。
いわば、ここにしか、イルミネーションというイルミネーションがなく、カップルが人の家の前にたむろっているのである。
親はそれが毎年の楽しみらしいので、何も言えないが、毎年若干気が滅入るのであった。
「入りにくいなぁ……」
俺はぼそっと呟いた。
【イルミネーション】
私の大好きなお人形。
たくさんの愛を注いできたの。
私の匂いに私の色に染まっていって。
そしていつしか壊れてしまう。
どうして? こんなに愛していたのに。
どうして壊れてしまうの?
何度も継ぎ接ぎして、ほつれそうなところを治して。
元通りになったかと思ったら、また別な所が壊れかけていく。
毎日連絡を取り合って、毎日愛してるって言ってあげて。
言葉だけじゃわからないと思って、毎日苦手な家事をして、一緒に身体を重ね合わせたり、態度でだって愛を伝えていたはずなのに。
重い。
そう言い残して、私の大好きなお人形は消えてしまいそうになった。
おかしいなぁ、毎日溢れんばかりの愛を注いでいたのに。
そんな自分勝手なお人形は、私が最後まで愛でてあげる。
「別れる前に、もう一度会いたい」
私の大好きなお人形は、それを承諾し、最後に一度だけ会ってくれると言った。
一度だけで良いよ、だって最期の愛を注いであげたいだけだから。
【愛を注いで】
--心があるのは動物だけだと思ってる?
動かない体で私は毎日毎日なんとなく過ごしていた。
そんなある日、晴れて綺麗な空気の中、朝日に照らされて本堂の中、君をみた。
何か思い悩んでいる君は、ここ最近、毎日のように私の元へと来る。
きちんと礼儀正しいお参りの仕方をして、それなりの金額を入れて帰って行くその後ろ姿はいつも不安そうで。
君の願い、叶えてやろう。
君の心を読み解いた。
神仏の心で君の心に寄り添う。
そうか、子どもが受験なのだね。親心子知らず、という感じだ。
子どもも一生懸命勉強して親を喜ばそうとしてるし、親もこんなに毎日参っている。
きっと、大丈夫だろう。
受験が終わり、結果がでたのだろうか、君は久々にお参りに来てくれた。
《お陰さまで合格しました、ありがとうございます》
私の心も通じたようだ。お礼参りにきてくれたのだろう。
澄んだ空気の中、軽やかな足取りで君は踵を返し、家路へとついた。
【心と心】
寒さも日に日に強くなる12月。
外は明らかに寒く家はぬくぬくと温かい、それは人でなくても分かるはずなのに。
「チャコ、遅いなぁ……」
時計を見ると21時をすぎていた。
チャコ--私の家の飼い猫は、家と外を自由に行き来している。
例年、冬場は寒いからか、お散歩程度しか出掛けないのに、ここ数日は朝早くから夜遅くまで帰ってこない。
不安に感じていると、扉がガラガラと音を立てた。きっとチャコが帰ってきた音。
いつものように、台所のエサを食べて、二階へと階段を上る軋み音がした。
エサを片付けに台所に向かう。
(……あれ?)
エサがほとんど食べられていない。
なんだかおかしい。私もようやく気づいた。
猫は心配をかけないように、何でもないふりをすると聞いたことがある。
そういえば、階段を上る音にいつもの軽快さを感じなかった。
(ペットキャリーバッグ、どこやったっけ……)
私はガサゴソと探し物を始めた。
【何でもないふり】