隣の席の鈴木さん。とっても可愛くて、女の私でも見惚れてしまう。
「鈴木さん、さっき先生が呼んでたよ」
私が彼女にそう声をかけると、くりくりの丸くて大きな瞳に私が映る。
「ほんと!? ごめんね!」
こういう時は、ごめんね、ではないと思う。いや、しかし、手間をかけさせてごめんね、の意味があるのだろうか。
そんな事を考えていると、鈴木さんは先生に会いに行こうと立ち上がった。
立ち上がったと同時に、机の角においていた筆箱が机から滑り落ち、盛大に床へと散らばる。
「わー!? ごめんねー!」
こういう時の、ごめんね、は理解できる。
だがやはり、私も一緒にペンや消しゴムなどを拾って渡してあげると、
「ほんとごめんね~!」
この、ごめんね、も最初の、手間をかけさせてごめんね、なのか。だとしても……私は意を決して口を開く。
「鈴木さんってさ、ごめんね、が口癖なの?」
いきなりの私の問いに、え?、と真顔でこちらを見つめる鈴木さん。
「こういう時は、感謝なんだから、ごめんね、じゃなくて、ありがとう、だよ」
理解したかのように、鈴木さんも、あぁ!、と続ける。
「そうだよね! ありがとう、ごめんね」
しばしの間があった。
だが、ほぼ同時に次の瞬間、二人で吹き出す。
これが、初めて可愛いと高嶺の花の存在だった鈴木さんとのまともな会話。
教室では、始業を知らせるチャイムが鳴った。
【ありがとう、ごめんね】
窓から差し込む光でホコリがキラキラと舞っているのが見える。まるで、ミラーボールだ。
そのミラーボールに照らされて、声も出せない私は、あなたを見つめていた。
窓際の特等席。10年くらい前までは、毎日、いってきますとただいまを口にして部屋を後にしていたのに、ここ何年とその挨拶は聞こえなくなった。
昔だったら、元気よく外へと出掛けていたのに、今では機嫌悪く扉を叩きつけてでかけるか、ため息をついて扉を開けるか。
君は成長して、私の存在を忘れてしまったのかもしれないけれど、私は昔の元気で明るい姿を覚えているよ。
特等席はもらっているけれど、こんなホコリまみれの部屋の片隅で。
前まではここにホコリなんてなかったんだけれども、もう掃除なんてずっとしてないものね。
私を思い出して、とは言わないよ。
ただ、また昔のあなたに戻ってほしいな。
【部屋の片隅で】
静かに水面が風で揺れる。そこに映っているのは、惨めな姿の私。
こんな姿見たくもない。
私は水面に向かって、小さな石を投げつけてやる。ぽしゃんと叩いて姿が波打った。
悲しげな姿が歪んで、なんだか笑っているかのようだ。
そっちの世界の私は、笑顔なのかい? こっちの世界の私はずいぶんと酷い顔をしているよ。
あぁ、このままここに飛び込めば、私もこことは逆の世界に行けるかい?
問いかけても声はせず。しかし、逆さまの私の口は、おいで、と揺れ動いたように見えた。
私に迷いはなかった。
今からそっちの世界に行くよ。
風に揺れるでもなく、小石が叩きつけられたでもなく、鈍い音と同時に大きな波紋がそこにはあった。
逆さまに、深く深く落ちていく。
そこにはそっちの私はいなかったけれども、こっちの私はそっちの私に取り込まれて、心は軽くなって、心なしか笑顔に変わっていった気がした。
【逆さま】
とても寒い夜だった。部屋にいるから吐く息が白くなることはないが、外はそうなる程の寒さである。
「ほら、早く寝なさい~」
リビングでテレビにかじりついている少女に向かって、母親は声をかけた。
「いやだ!」腰まである髪を左右に揺らして答える「サンタさんが来るまで起きてるの!」
母親は呆れ顔である。
「寝てる時じゃないと、サンタさんはこないのよ~」
「寝れない! サンタさんに会うまでは寝れない!」
「お母さんの言うこと聞かない悪い子には、プレゼントこないよ~」
「プレゼントはいらないから、サンタさんには会いたい!」
少女は母親に食いつく。更に母親は困り顔である。
眠れないほど興奮する気持ちも、母親は理解できたらしい。きっと、自身もそうだったのだろう。
しかし、夜の11時を過ぎる頃になると、少女の瞼は言うことをきかなくなってきたようだ。
「そうだ、リビングじゃなくて、布団で横になって待ってましょう? 布団のほうが温かいよ」
「……うん」
少女は目を擦りながら寝室へと移動する。
母親の勝利であった。
翌朝、少女の枕元には綺麗なラッピングが施されたプレゼントがあったようだ。
【眠れないほど】
大きくなったら何になる? それは小さい頃に誰もが問われた夢。
その問いに答えたあの日から10年。その時の夢を現実にできた人は、全体の何パーセントなのだろうか。
夢は夢であるから、キラキラした存在であって、それが叶ってしまった時でも、キラキラしたままなのであろうか。
パパのお嫁さんになる、さすがにこれは夢は夢のままである典型的なものだ。
戦隊物のレッドになる、これは本当に極々狭き門をくぐれた者だけ、年に一人は誕生するかもしれないが、これも夢は夢で終わるであろう。
パン屋さんになる、お菓子屋さんになる、確かになることはさほど難しくもないが、それが現実になると、経営学やら衛生管理やら、学ばなければ辛くなることもある。
そんな時、あぁ、夢は夢のまま、趣味でやってた時のほうが楽しかったな、なんて思うこともあるのだ。
好きだったから、夢になって、好きだったから、なりたかったのに。
現実になってしまうと、そのギャップに落胆することも多いであろう。
現実になって、成功を掴めば、また新たな現実的な夢や目標ができるのかもしれない。
ただ、それは本当に一握りの人だけ。
あなたが昔、思い描いた夢は現実になりましたか? そして、新たな夢はできましたか?
【夢と現実】