昼休みが終わった5時間目。
日も暖かく、食後の眠気が襲ってくるそんな時間。
私はこの時間が好きだ。
5時間目の半ばくらいだろうか。
板書をしながら、こっそり左を見た。
左隣の席のクラスメイトは、頬杖を着きながら居眠りしていた。
後ろ側の席ということもあり、先生は気付いていない。
私は周りの様子を伺いつつ、教科書やノートを見ている素振りをしながら、ちらりとまた左に目線を向ける。
普段は大人っぽいのに、こういう時に見せる無防備な寝顔が可愛くて。
彼のそういう一面が見れるから、この時間が好き。
あわよくばずっと隣で見れたら…なんて。
ま、こんなコソコソと勝手に寝顔を盗み見してる人間にそんな度胸はないんですけどね。
だから私は心の中で祈るばかり。
お願い、席替えはもうちょっと先にして!
2人きりの生徒会室。
書記である1年の俺と、生徒会長である2年の先輩。
俺達は先ほど終業式を終え、来年度に向けて生徒会室の整理を進めていた。
「先輩ってなんで生徒会入ったんですか?」
「内申点」
先輩とは半年前の生徒会選挙が初対面だった。
その時はクールで冷たそうだな…と思っていたが、話してみると案外そんなでもないと知り、今では仲良くなった方だ。
しかしまだ半年の関係値では知らない事も多い。そう思ってなんとなく投げかけた質問。
返ってきたのはあまりにもドライな回答だった。
「…さすがにもうちょっと綺麗事で返ってくると思ってたんですけどー?」
「でも実際そんなもんじゃない?キミは学校の役に立ちたい〜生徒の模範になりたい〜って理由で入ったの?」
「いいえ、全く」
「ほらね」
即答した俺に対してくすくすと笑う先輩。
クールな優等生を貫いてる先輩が年相応の女の子のように笑うもんだから、一瞬見とれてしまった。
学校の代表で先生や生徒から頼られる生徒会長も、ただの一般の高校生なんだと改めて実感する。
「でも生徒会長がそんなんでいいんすか?」
「いいんじゃない?どうせあと半年だし」
先輩が生徒会長でいるのはあと半年。
先輩がこの学校を卒業するのはあと1年。
長いようで短い。
本音を言うなら、先輩が卒業した後も…
「…俺、生徒会長目指そっかな」
「お、いいね。応援するよ」
「そんで先輩以上の生徒会長になって、私いい後輩持ったなぁ〜って先輩泣かせてやりますよ」
「言うねぇ」
温かい目で見つめてくる先輩。
年下扱いで俺の事なんて眼中にないんだろうけど、いつか絶対に見返してやる。
この半年、1年で、もっとあなたのことを知れるかな。
次に先輩に会えるのは生徒会で参加しなければならない新入生の入学式。
あぁ、半月後が待ちきれない。
AM 7:31
部屋中に響いている目覚まし時計。
時計目掛けて布団から腕を伸ばし、音を止める。
そのまま夢の世界に行こうとするも部屋の外から母親の怒鳴り声も聞こえてくる。
仕方なく身にまとった布団を剥いだ。
AM 7:39
洗面台の鏡に見えるのはボサボサヘアーで間抜けな顔をした己の姿。
未だに襲ってくる眠気とうっすらと浮かぶ隈に、昨日は夜更かしをするんじゃなかったと少し後悔。
蛇口から流れる冷水を顔に浴びた後、専用の歯ブラシを手に取ったままコップに水を注いだ。
AM 7:50
キッチンにいる母親から出てきたのは炊きたてのご飯と半熟の目玉焼き。
棚に置いてある海苔と調味料を取り、食卓に着く。
「いただきます」と手を合わせた後、海苔をご飯の上に乗せ、海苔のクレーンで摘むようにご飯を掬い上げそのまま口に運んだ。
美味しいという感想よりご飯がアツアツすぎて思わず声が漏れた。
AM 8:03
少しくたくたのTシャツとスウェットパンツを脱ぎ、固い制服に身を包む。
隈を隠すコンシーラーも欠かさずに。
時間割の内容を横目に見ながら鞄の中身をチェックする。問題なし。今日は体操着もいらない。
鞄を手に持ってそのまま玄関に向かった。
AM 8:11
ローファーを履き、後ろを振り返る。
「行ってきます」
母親に向かって一言投げると、遠くから「行ってらっしゃい」の声が聞こえてきた。
そのままドアを開け、一歩を踏み出した。
今日も変わりない平穏な日常。
「お金より大事なものってなんだと思う?」
友達に尋ねられた質問。
唐突なものだったので、私は一旦思考を巡らせた。
やっぱりこういう時に出る答えは愛とか?それでいうなら命ももちろん大事だ。
私は目の前の友達に目を向けた。
少しばかり口角が上がった普通の顔だ。
真面目に質問した訳ではなくなんとなくで質問してきたのが表情で分かる。
…そうだ、一つ思いついた。
かけがえのないものがあるじゃないか。
私は友達の方に向き直して答えた。
「こうやって楽しく過ごせる今の時間、かな」
綺麗な月が見える夜に、ワルツを踊ってみたい。
微かな月明かりに照らされて、可憐で優雅な舞を、愛しき人と一緒に。
そんな夢物語を妄想している。
黒で覆い尽くされた空。
過剰な光を浴びせるパソコン。
カタカタと鳴りやまないキーボード。
周囲には人っ子誰もいない。
見てわかる通り、残業中だ。
真っ暗な夜空と機械的な明かりとキーボードに向かって舞い上がる腕はあるが、先程のロマンティックな妄想とは到底遠い。
所詮夢物語は夢物語なのだ。
私は腕を少し止めて職場の窓から空を見あげた。
月は見えない。
そもそもここの階層が低い且つ異様に高いビルが何軒も建ってるせいで月なんて見えない。
ため息が零れた。
早く仕事を終わらせないと。
綺麗な月夜とは程遠い、微かに光る蛍光灯の下で私はエンターキーを押した。