イオ

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4/27/2024, 2:24:01 PM

生きる意味


 しとしとと降る雨の中、君にまた出会った。

 うすい墨汁を垂らしたような空から、透き通った粒が地上に降ってくる。軒下から見ても綺麗なもんじゃない。ただでさえ憂鬱だというのに、更に暗くなる。
普段ならこんな日には決して出かけないだろう。
見渡せば人々は水をかけられた蟻の巣のように大慌てで散っていく。
猛スピードで自転車が走り抜ける。なんでカッパも着ないんだ?
空を見上げながら、傘もささずに陽気に歩き去る人がいる。頭のネジ何本かないんじゃないか?
 朝からこんなことになってたまったもんじゃない。なんとか目的地に近づく。すると、急に雨が止み始めて雲の間から天使の後光が降りそそぐ。やっぱり外に出るんじゃなかった。妙に損した気分になる。
だけど、頼まれたからには行かなければならない。家族がいない君の所へ。

 久々だった。君はあまり変わっていなかった。昔のように何かを達観して、諦めて、生きる意味などないと言わんばかりだった。その顔が何故か気に入らなかった。確かに、誰だって君の立場だったらそうなりそうだが、だとしても嫌だった。自分勝手なのはわかっている。でも、こればっかりはどうしようもない。

 君の元へ行けば、予想通り寝ていた。死人のように。心配になってその顔を覗きこむ。そうしていると、君の瞼が開いた。つい、ほっとしてしまった。その瞳が動くのを見て安心した。いつものように訊く、大丈夫?、と。そう言うと必ず君はこう答える、大丈夫、って。大丈夫なはずがない。それはわかっている。だけど訊かずにはいられない。どうしようもなく。
 君と話していると思う。君は何を感じているのだろう、何を思っているのだろう、と。君の顔は相変わらず人形みたいで、笑顔などとてもじゃないけど見られない。だけど唯一、時折真っ暗な瞳の奥で光が輝いたとき、大丈夫以上に安心してしまうのだ。

 いつものように君に会いにいく。そして気づく。いつもと違うことに。頭が真っ白になる。焦って、大慌てで君の枕元に行く。
 わかっていた、いつかこうなることは。
でもこうするしかなかった。目を背けるしかなかった。君のその顔を翳らせないために。最後に必死に何かを求めていた君を見続けるために。知らず知らずのうちに頬に涙がつたる。するとおもむろに君の手がこちらに伸びてきた。その肌を感じて君の顔に目を向けて気づく、その光を。

 ああ、そうか。君は見つけたんだね、大事な思いを、その執着を、そして意味を。
 瞼が閉じる。
その顔は今まで見た誰よりも生き生きとした表情だった。

12/3/2023, 10:12:22 AM

光と闇の狭間で

 水の中、必死でその手を掴む。冷え切った手に恐怖を感じる。焦れば焦るほど自分の足は空回りし、流されていく。なんとか岸に着いて、急いで救急車を呼んだ。
夜の川は何事もなかったかのように流れる。
こんな日に限って星が綺麗だ、場違いにも何故かそう思った。アイツの顔に近づく。なんとか呼吸はしている。
バカやろう、声には出さずに呟いた。


 目を開く。眩しい夕日がアイツの顔に影を落とす。
いつも通り変わらない安らかで、どこか強張ったような顔。
 もう一ヶ月経ってしまった。アイツはずっと眠り続けたまま。なぜ自殺なんてしたのだろうか。同じ高校ではないが唯一の親友だった。たった一人の心を許せる奴だった。なのにどうして、、、。
 夕日が沈み、星が輝き始める。今日は新月らしい。
病院を出て歩く。アイツの顔を見て覚悟を決めた。
必ず潰す、アイツをこんな目に合わせた奴を。


 夜、街灯が街を明るくする。こんな気分の日には少し幻惑に見えてしまう。気のせいだろうか。
路地裏を歩きながら考える。アイツを自殺に追い込んだ奴がやっとわかった。あと必要なのは少しの勇気だけだ。大丈夫、自分ならやれる。待ってろよ、お前が生きれる世界にしてやる、自分に言い聞かせる。計画を見直すために、ポケットからスマホを取り出してふと気づく。なんだこんな震えてるじゃないか。

 本当は怖い。どれだけ強がっても自分は自分。そう簡単に変われるもんじゃない。でもそれではダメだ。
アイツのために変わらなければならない、自分が最も嫌悪するモノに。クソな鬼畜どもに。そうでなければ勝てない。アイツが生きやすい世界に出来ない。アイツを救えなかった自分を赦すことが出来ない。
 路地裏を出る。気づけば雪が降っていた。光り輝く街を見て思う。なんだか魔界への入り口のようだ。

11/28/2023, 5:33:13 AM

 これは私への罰なのだろうか。
夕暮れ時、柔らかな光がこの世界を包み込む。
まるで聖書にある奇跡のように。
 母の命を犠牲にして生まれたこの体は欠陥品でしかなかった。誰かを愛することも恨むこともできないこの心は、何かを模倣することしか出来なかった。
友もいない、兄弟もいない自分には生きる価値があるのだろうか。わからない。でも、この禅問答もそろそろ終わりだろう。最後はこの白い天井でも見ながら穏やかにあっちに行こう。


 瞳を開ける。近くにあるあなたの顔。
その顔が私を見て弛緩する。私とは違う生気の宿った見慣れ顔。あなたの目には光が宿ってるいるように見える。いつもそう見えてならない。
 私を見るとあなたはいつもこう言う。大丈夫?って。
大丈夫な訳がない。だけど、あなたを見るとつい大丈夫って言ってしまう。なぜだろう。わからない。
 この間までは穏やかに逝こうと思っていたのに、今はこんなどうでもいいことが頭から離れない。あなたと話すことが楽しくて仕方がない。教えて欲しい。この気持ちは一体なんだろうか。


 もう限界だろう。枕元に死神がいる。
手足が動かない。指先の感覚が麻痺する。
 わかっていた、いつかこうなることは。
でも、目を背け続けた。そうすれば、すぐに明日にたどり着けると信じて。また、あなたに会えると思って。その笑顔を見れると願って。瞼が重い。なんとなくわかる。この目を閉じたらもう開けることは出来ない。
だから神様、お願いです。どうか、最後に一目、、、。

 ありがとう。あなたは最後に必ず来てくれる。
そんな焦った顔しないで。大丈夫。無理矢理手を伸ばす。私はまやかしの愛しか持てない。でも、これだけは本当だ、そう信じてもいいかな。最後くらいいいよね。
瞳を閉じる。