生きる意味
しとしとと降る雨の中、君にまた出会った。
うすい墨汁を垂らしたような空から、透き通った粒が地上に降ってくる。軒下から見ても綺麗なもんじゃない。ただでさえ憂鬱だというのに、更に暗くなる。
普段ならこんな日には決して出かけないだろう。
見渡せば人々は水をかけられた蟻の巣のように大慌てで散っていく。
猛スピードで自転車が走り抜ける。なんでカッパも着ないんだ?
空を見上げながら、傘もささずに陽気に歩き去る人がいる。頭のネジ何本かないんじゃないか?
朝からこんなことになってたまったもんじゃない。なんとか目的地に近づく。すると、急に雨が止み始めて雲の間から天使の後光が降りそそぐ。やっぱり外に出るんじゃなかった。妙に損した気分になる。
だけど、頼まれたからには行かなければならない。家族がいない君の所へ。
久々だった。君はあまり変わっていなかった。昔のように何かを達観して、諦めて、生きる意味などないと言わんばかりだった。その顔が何故か気に入らなかった。確かに、誰だって君の立場だったらそうなりそうだが、だとしても嫌だった。自分勝手なのはわかっている。でも、こればっかりはどうしようもない。
君の元へ行けば、予想通り寝ていた。死人のように。心配になってその顔を覗きこむ。そうしていると、君の瞼が開いた。つい、ほっとしてしまった。その瞳が動くのを見て安心した。いつものように訊く、大丈夫?、と。そう言うと必ず君はこう答える、大丈夫、って。大丈夫なはずがない。それはわかっている。だけど訊かずにはいられない。どうしようもなく。
君と話していると思う。君は何を感じているのだろう、何を思っているのだろう、と。君の顔は相変わらず人形みたいで、笑顔などとてもじゃないけど見られない。だけど唯一、時折真っ暗な瞳の奥で光が輝いたとき、大丈夫以上に安心してしまうのだ。
いつものように君に会いにいく。そして気づく。いつもと違うことに。頭が真っ白になる。焦って、大慌てで君の枕元に行く。
わかっていた、いつかこうなることは。
でもこうするしかなかった。目を背けるしかなかった。君のその顔を翳らせないために。最後に必死に何かを求めていた君を見続けるために。知らず知らずのうちに頬に涙がつたる。するとおもむろに君の手がこちらに伸びてきた。その肌を感じて君の顔に目を向けて気づく、その光を。
ああ、そうか。君は見つけたんだね、大事な思いを、その執着を、そして意味を。
瞼が閉じる。
その顔は今まで見た誰よりも生き生きとした表情だった。
4/27/2024, 2:24:01 PM