「飛べない翼」
その日の大会では3位だった。
コンディションは悪くなかったはずだが思ったより動きが鈍かった。理由はわからない。ここのところずっとこんな調子だ。
「おめでと」
13位の選手に握手を求められ応じる。彼女も数年前まで上位常連の選手だった。わたしも同じ道をたどり始めているのだろうか。
「ありがとうございます」
わたしはただのスランプですか、それともこのまま下降線をたどりますか、あなたと同じように。
彼女にも自分にも意地の悪い質問を飲み込んで笑顔をかえす。
悪くないわよ。彼女はわたしではなく遠くのポールを見つめながら静かに言った。
そうですかね、どうも身体が重くて…。
そうではなくて。彼女は視線をわたしの顔に戻し続けた。
「うまく飛べなくても悪くないわよ、今の私」
理解できるのはもっと先になると思うけど言っとくね、そういい終えて彼女は軽やかな足取りで立ち去った。
〜ススキ〜
「あのキラキラしているのはなんでやんす?」
一張羅猫が首をひねりながら言う。
初めて見るでやんすねぇ。
「あれはだな、ススキ、というのだよ。うぉほん!」
博士が自慢のひげをなでつけながら答える。博士はもちろん猫である。
ススキ?ススキとな?一張羅猫は何度も繰り返しながらススキめがけてずんずん歩いていった。
「見てくださいな博士。ふわふわでさあね!あっしは生まれて初めてこんなふわふわにさわったでやんすよ」
一張羅猫の嬉しそうな鳴き声を背中越しに聞きながら、博士は夜空を見上げた。
丸いお月さまが照らす黄金のススキに、タキシードのような模様の猫がいっぴき。
いい夜だのう。博士はススキスキスキ、と歌うようにつぶやいてから、ふわふわに触るために一張羅猫のあとを追った。
柔らかい雨
金色の羽毛のような
柔らかい雨
ふわふわとあなたを包む
通学路の落ち葉のような
騒がしい雨
かさかさとあなたを揺らす
おびただしい数の雨粒が
街路樹の
そばの側溝を目指し流れつづけるならば
あなたが想う色とりどりの鳥たちは
そのくちばしにいちょうの葉をくわえて
羽ばたくことをやめないのだろう
雨がやまないかぎりは
「一筋の光」
嫌々ながらも明日の準備は終えた。あとは寝るだけだ。
彼女は昭和の小学生である。
毎日赤いランドセルに教科書を詰め込み、学校指定の黄色い巾着袋をぶら下げて登校する。
明日は算数と図工があり、大好きな音楽も国語もない木曜日。計算は苦手だし手先は不器用だから木曜日は楽しくない。しかしどうあがいても次の日はやってくる。
ひとりっ子の彼女は6畳の自分の部屋で眠る。ベッドはなく畳のうえに布団を敷いている。寝転がると閉め切ったふすまの下から一筋の光が差し込むのが目に入る。
光が差し込むのはふすまの向こうに起きている人間がいるからだ。彼女が眠ったあともしばらくは差し込むだろう光は彼女がひとりではない証。
明日は行きたくないな、と思いながらみた光を彼女は幾度となく思い出すだろう。
布団がベッドになり、ふすまがドアに変わり、差し込む光がなくなったひとり過ごす日々の夜に。
哀愁をそそる
「今日はお天気で良かったね」
「うん」
「なに乗りたい?」
「あえー」
「あれはまだ愛ちゃんの年じゃ乗れないんだって」
「じゃあー、あいシュー…お…しょるとたべたい」
「シューソルト?変わった名前のアイスねぇ」
やはり無理があるな、と彼は新しいフリップを取り出した。
「さあ!できた方は挙手!はい!では枚日亭なや丸さん!」