時雨

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1/6/2026, 11:13:10 PM

君と一緒に
幼い頃から喜怒哀楽を共にしてきた。
同じ食事を取り同じ景色を見て時には一緒にイタズラを仕掛けたり君といると毎日が虹色に輝いてた。

でも君が子宮にいる事が分かった時はとても複雑だったのを幼いながらよく覚えている。
今まで親は私に愛情をくれていたのに何故私よりも後に生まれてくる子に分けなきゃならないのだろうと心がモヤモヤとチクチクしたものだ。
だが、今思えば嫉妬という感情だったのだろう。

君が生まれてからは普通の日常がうってかわり目まぐるしく回っていた。
親は仕事が終わると保育園終わりの疲れてる私を無理やり連れ出し君のオムツやミルクなど大量に買った挙句、
私の大好きなラムネ入のおもちゃはねだるもにの次だと怒られた。
なんとも腹立たしい限りである。

でも君の世話をするにつれて感情の変化がおき愛おしいに近い感情になっていった。
それからは何をするにも2人1緒に動いていた。
遊ぶおもちゃや服装だけではなく食べるものまで似ているとは今思えば血が繋がっているとはこういう事を言うんだなと実感できる。


そんな君が今や大人になり県外に旅立つという。
それも私の手をずっと離さず握っていた君が他に守ってくれる人を見つけその人の元で暮らすというから驚きだ。
別れの際、君は笑顔で「結婚式には絶対お姉ちゃん呼ぶね」と言ったもんだから思わず号泣してしまった。

最後に私は姉らしく「何かあったら連絡してよ、すぐ飛んでいくから」と言ったが君は「それはお姉ちゃんもでしょ」と言われ二人で笑った。

その日の天気は快晴で太陽の光が暖かった。

12/31/2025, 12:25:45 PM

良いお年を
丁度このアプリに出会ったのは去年の1月下旬頃。
当時の私と今の私を比べると少し大人になった気がする

ここでは当時の私がアプリを始めた理由について書いていこうと思う。 正直長くなる。
それでもお付き合い願いたい。

当時の私は偏頭痛持ちではないが良く偏頭痛の薬を服用していた。
それは何故か。理由は簡単である。自分の憶測でみるに口下手ではないかと思う。相手に対して思うように言葉の意図を伝えられず自分に対して苛立ちや呆れも感じてた程だった。身内ではその不器用さが人間味を帯びていたが他人になると話は変わる。私と会話をすると首を傾げられ「君の言っている意味が分からない」とも言われたそのせいか「伝わらない」が苦痛になり段々人との距離を置き頭の中で考える事が多くなった。

何か言葉の伝え方を練習したいと思いスマホで検索を
かけてみた。すると、、

オススメに「書く習慣」というアプリを見つけた。見た目は紙とペンの絵がありとてもシンプルだった。
説明には他の人の作品も観れると書いてあった。
興味本位でダウンロードをしてみた。
最初のお題らしき文字がみえる。
とりあえず思った事を書いてみようと文字画面を凝視するが何も思い浮かばない。
「まずい、、なにか、、なにか書かないと、、、」
そんな衝動に駆られる。
家の中にあるありったけの本を探してみる。
最初の本。1ページ目 アートとは。バンッ
次の本に手を伸ばす。この栄養素は。 バンッ
また次の本。 謝謝の発音。 バンッ
「はぁ、、興味本位で買ったが全くもって読まないやつばかりじゃん、、」
継続力が無い自分に腹が立つ。
「こんなんじゃみんなから、、、」悔しさで近くにあった紙をビリビリに破いてしまう。
その日は結局空白のまま画面を閉じてしまった。

次の日は仕事でアプリを開いたのは就寝前だった。
正直、今日は疲れすぎて書く気力も無いので他の人の作品を観ようと開いた。
前置きとして匿名なので伏せさせて頂こう。
最初に見た作品の文章力に強く引き寄せられた。
その人の作品は擬音。想像力を膨らませる言葉の使い方。そして本が心から好きだと分かる文章力に私は空いた口が塞がらなかった。
その日から私はこの人を参考に題名にそった作品を真似て書いてみた。 無論いいね数は気にせず今の感情や第三者からみた視点などは本屋に行き勉強した。

今も描き続けているがその成果が出てるかは正直私は分からない。
ただ衝撃を受けた私の様に「この作品を読みたい。」又は「書きたい。」と読んでくれている相手に対して思わせられたらそれは本望である。

その方に伝えたい。

「あなたの作品から私の物語は始まりました。
来年もあなたの作品を楽しみにしております。
良いお年をお過ごしください。」と


そしてこの作品を読んでくださった方に伝えたい。

「まずは読んでくださりありがとうございます。
正直、私は他の方に比べて文章力が欠けている部分が多く見受けられると思います。伝えたい事をまとめる力はまだまだ勉強中なので暖かい目で見守ってくださると幸いです。
それと同時にあなたの新作を1読者として楽しみに待っていることも忘れないで頂きたいです。

来年も私の作品共々よろしくお願い致します。
良いお年をお過ごしください。」

日が登れば光が差し込む。
今年の想いを包みに入れ大切な場所に保管をする。
扉を開け来年の想いを受け取り物語の糸を紡いでいく。

歳を重ねれば1年が早くすぎるのは当たり前のことだ。
だが今年と来年は同じ1年ではない。
同じ土でも環境や意思の強さによって未来は変幻自在に変わっていく。

良いお年を。 言葉を馳せて未来に託す。

言葉は人間ならではの意思疎通。
その意味を深く考えるほど面白いと私は思う。







12/27/2025, 5:45:57 AM

窓から差し込む光(オリジナル版) 

午前10時過ぎ「ふぅー」と背伸びをしてカーテンを開ける。心地よい光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
昨日は仕事納めということもあり業務が山積みだった。
普段は穏やかな人も今回ばかりは眉間に皺を寄せながら働く姿は少しばかり面白く感じた程だ。

ゆっくりと体を起こし台所に向かう。
ポットにお湯を沸かす。
棚からお気に入りの豆を取り出し挽く。
ほろ苦い匂いが鼻をくすぐり思わず笑みがこぼれる。
ふと昨晩父からメールの通知が来ていることを思い出しスマホを開く。
メールには「妻の事は心配しなくていい、お前も仕事が一段落したら帰ってきなさい。」と送られてきていた。
俺は「わかった。ありがとう。でも何かあったらすぐ連絡して欲しい。」とだけ返信をした。
妻と子供は昨日から祖父母の実家に帰省しており都会ではみない大自然を堪能してるらしくて俺は嬉しかった。

だがふと医者の言葉を思い出す。
妻は前に病で倒れた事がありその時医者からも再発する可能性は極めて低いが注意して欲しいと告げられていた。
今、妻の状況が落ち着いてるのが逆に気掛かりにはなっていたが今は話すべきではない。

考え事をしているうちにポットのお湯が湧いた。
コトコトと音を立てて注がれていく瞬間はいつ見ても心が躍る。

目覚めのいっぱいをしっかり堪能した後、パソコンに向かい少し仕事の残りを片ずける。

「はっ」と目を覚ます。 随分長いこと寝ていた様だ。

時計を見ると深夜0を回っていた。


スマホのバイブ音がなる。
確認すると実家からと病院からの着信が俺が寝ている間に数十件にものぼっていた。

俺は嫌な予感がして祖母の電話をとる。

その瞬間娘の泣きわめく声とドタバタと忙しなく動く足音が聞こえかなり緊迫した状況で俺は混乱する。
祖母に状況を確認しようとするがすでに過呼吸になり言葉を話せない状態だ。
唯一聞こえてきた声は「ごめんね」だけだった。

俺は急いで車にのりエンジンをかけたが掛からない。
昨日の寒波のせいでエンジンがダメになったらしい。
「くそっ」と何度も鍵を回してみたがふかしているだけでピクリとも動かない。

今日はとことんついてない。

俺はイラつきを抑えながらタクシーを呼び実家に向かった。
行き道中もスマホから聞こえる祖母の「ごめんね」の声が止まらない。

タクシーの運転手も困惑の表情を浮かべながら「大丈夫ですか?」と問いかけるが俺は上の空だ。

やっとの思いで実家に着き土足のまま上がり込む。
確か妻と娘が泊まる部屋は決まっていて毎回2階の角部屋で光がとても入る場所だった。


扉を勢いよく開ける。
するとそこには泣きすぎて顔がぐちゃぐちゃに歪んでいる娘の姿と冷たくなった手を力一杯握りしめている祖父母の姿、そして光が優しく差し込むベットに横たわる
冷たくなった愛する妻の姿だった。

俺は「うそ、、、、、だ、、、ろ、、、」
と妻の身体を揺さぶる。

「おぃ、、なぁ、、起きてくれよ」
「頼むから、、、、、今じゃないだろ、、、」
「なぁ、、、、冗談だろ、、、、、」
「ゆいーーーーーーーーーーーーーー、、、、、」

心電図は無慈悲にも一本の線を書き続けている。

医者は俺の肩を持ち引き剥がし俺をの方を振り返る。

「最前の手をつくしましたが病の進行は私達の想像を絶するほど進んでおり申し訳ありませんでした。」
と頭を下げた。


俺は医者に深深と頭を下げて「ありがとうございました。」と伝え足早に外に出る。

その瞬間俺の中で抑えてた感情が一気に溢れ出していた。

それと同時に後悔が押し寄せる。
あの時もっと早く病院に連絡していれば
違和感があった時にすぐ祖父母に連絡していれば
こんな事には、、、、と
だが神様は無慈悲に空へ登る人を選ばない。

その後のことは正直覚えていない。
だが娘がパパを励ますために一生懸命何かをしていると後から祖父母に聞かされた。


妻の死後から月日が経ち娘は6歳になった。
今日は小学校の入学式だ。
新品な服に袖を通し嬉しそうに飛び跳ねる娘は妻の面影と重なり心傷が傷んだ。

俺は早起きして娘の為にお弁当を作っていたが、正直センスの欠片がない事だけは自覚していた。

お陰で娘からは「げーーー、、パパ下手くそ」
とまで言われる始末だ。

おれは娘に「くちぱっちのキャラ弁食べたいって言ったから作ったんだぞー」と言うと
娘は「くちぱっちの口はそんな3角じゃないし目の上にまつ毛なんかない」と口を尖らせながら言われた。


自信作なんだよな、、と思いながら弁当を渋々詰める。

娘は呑気にお歌の練習をしているようだ。

っと外で車が止まる音が聞こえる。
祖父母だ。

娘は嬉しそうに駆け寄る。

入学式まであと少し、、
祖父母には娘を学校に送ってついでに席取りもお願いしようとすると先に祖母から任せてと言われた。
俺の頼むことは全てお見通しのようだ。
俺は入学式用のカメラの充電が無いことに今朝気づき後から合流する予定になった。


「えっとこのコンセントをここに指して後はこのケースをっと、、、」

ふと娘の字が書かれたDVDを見つけた。
これは妻が亡くなった後娘から入学式の前に観てと言われたものだ。
正直俺はこのDVDをみることに抵抗感を感じていた。
せっかく俺なりに乗り越えようとしてるのにこれを見ると過去を思い出し卑屈になりそうになるからだ。

まだ充電完了までまだまだ時間はある。
「はぁ、、なんかDVDを観るように導かれてるようで嫌だな、、、」
でもいい時間つぶしにはなりそうだと思い手を伸ばす。

映像が流れる。

妻の病状が悪化する前に1回家族旅行で行った場所が映し出されていた。 その中にいる家族はとても幸せで円満そのものだった。

俺は手を止め映像に魅入る。

その後俺がいない妻と娘だけの映像が流れ何やらお話をしていた。 カメラは遠すぎて音声は聞き取れないが2人の顔はとても真剣だった。

随分長いこと話してたらしい。
そして、、、突然映像が切り替わる。

「あっ、、この映像は」俺は目を見開く。

そう、、妻が亡くなった後の部屋に娘が一人で立っていた。 カメラはと言うと祖父母だった。

いつ撮ったのか分からない。
だが、、娘は俺に何かを伝えたそうな表情で口を開く。

「パ、、、、、、、、、、、パ」
この時の娘はまだ言葉を覚えたばかりだ。


「だ、、い、、、、ぶ、、、、、、、じょ」
「だ、、、い、、、、、ぶ、、、、、、じょ、、」
俺の方に指を指す。
そしてぬいぐるみを祖母から貰い小さい手で包み込む仕草をした。

そのぬいぐるみは娘が生まれた時にパパと呼ばせる練習として使ってたぬいぐるみだった。

俺はずっと一人で娘を守らなければと思っていた。
だが違った。
娘はいつの間にか大きくそして強く成長していた。

顔から大量の水が溢れてでた。
「ありがとう」と呟く。

それを感じるかのように娘は円満の笑みを浮かべながら映像が切れた。


丁度充電も終わりスーツに身を通す。
決意は変わった。
今までの俺ではなく生まれ変わった俺の姿を娘に見せにいく。そして娘の成長記録をしっかり目に心に刻み込もうとカメラを握る。

車に乗りこみエンジンをかける。
「ブオン」の音とともに発進する。
車のサイドミラーに何かが写った気がした。
だが俺は怖くなかった。
それは俺の愛する妻の姿だからだ。
俺は声に出して呟く。
「ゆい、、娘はこんなに大きくなったよ、君のおかげだ、これからも見守ってやってくれ。」

車の窓から差し込む朝日がとても心地よかった。
これからやってくる新生活、、
不安も大きいが心配ない。
祖父母に頼る事もできる。
それに俺には母親に似た強くて優しい娘がそばに居るのだから。

























12/18/2025, 11:23:59 AM

心の片隅で
ふと思うことがある。
この世界に言語というものが存在してなかったら人々や動物はどう自分というものを表現していくのだろうかと

いきなりのことで申し訳ない。心の片隅にふと浮かんだ疑問を自分なりの表現で解いていこうと思う。

元々言語とは音の組み合わせによる象徴的なコミニケーションとして古代から出現したと考えられている、と書籍に書き記されている。

例えば動物だと求愛行動とされる求愛の鳴き声が変化や学習したものでそれが今の文法の基礎になった説や
人間だとジェスチャーと呼ばれる手の動きから音声言語へと移行したとされている説などだ。
あくまで書籍やSNSからの情報を元にだが。

今までの文章で気づいたことだが疑問を解くといっても自分で考察した情報だと誤りや知識量が不足しすぎる。
確かな情報を集めるにはやはりSNSによる助言が必要不可欠だと考える。
だがそれだと現代の私達はSNSの助言を元に行動しているのと何ら変わりないのではないか。
まるで操り人形にでもなった気分だ。

だが、表現に関しては人間の動きを元に名前が創られていることはご存知だろうか。

喜ぶ時人は手を挙げ天に嬉しさを残す。
怒る時は拳を下に振り地面を揺らす。
悲しい時は皮膚から感情を流し決意を固める。
楽しい時は手を取り合い仲間に共感を齎す。

これは世界共通で言語をも超える大切な文化だ。

画面をみて感情を出すのも良いがたまには周りと表現力を深め分かち合い己の輝きを磨くのも良いだろう。

12/18/2025, 4:48:39 AM

雪の静寂
しんしんと振り続ける氷晶に手を伸ばす。
すると溶けて液体に変わり手のひらがひんやりと感じ笑みがこぼれる。
雪の始まりは12月頃が最も多く見られるが早い所だと11月頃には白銀の世界に覆われる所も多い。

雪は美しいとされるが雪崩や車のスリップ事故など被害が多い事も忘れてはならないだろう。

季節には必ず始まりがあれば終わりもある。
雪の静寂を目にする時、自然の変化に人々は驚きに充ちている事だろう。

当たりを見渡せば空は赤く染まり木々の間から光がそそぐ幻想的な世界が広がる。
さらに息を吸えば澄んだ空気が全身を廻り、優しく髪を掠める暖かな風や、耳を澄ませば動物たちの声が聞こえ次の季節への訪れを感じる。


フィルムを通すものよし。目に刻むのもよし。
声や身体を使って表現するのもよし。
それも風情があり個性だと考える。

静寂の寂しさは時として新たな芽を出す機会になり得る事を忘れずにおきたいものだと私は思う。

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