「向かい合わせ」
洗面所に向かうと,鏡面に「僕」が映る。
「今日で夏休みは終わりか。」と溜息を吐く。
「それなら代わろうか?」と頭で声が響く。
馬鹿馬鹿しいと一笑に付す。
君はここから出せと怒りを滲ませて言う。
何を今更,君が現実社会が嫌だと言ったんでしょう?
君の代わりに僕が楽しむよ。
「やるせない気持ち」
「ねえ,相談に乗って欲しい事があるんだけど……。」
綾香は少し頬を赤らめながら聞いてきた。
なんとなく嫌な予感がした。
「〇〇君と仲良いよね? 〇〇君って付き合っている人
いるのかな?」
それからの会話はほとんど覚えていない。
気付くと,綾香は立ち去り,僕は一人で立ち尽くしていた。
こんな時に心を癒す方法なんてない。
ただただ苦しい時間を過ごすしかない。
人生にはそんな瞬間がある。
「海へ」
急な坂道を降っていくと,
コンクリートに砂が混じってきた。
炎天下,額から汗が滲んで頬を伝う。
ナツメヤシ🌴の下で水を飲んで小休止する。
意を決して,再び歩き出すと,
建物の隙間から光り輝く海が見えた。
浮き輪を持った子どもや,水着姿の男女とすれ違う。
どこかともなく磯の香りが漂ってくる。
不意に坂道が終わり,大きな道路に突き当たる。
耳を澄ますと遠く潮騒の音が聞こえてくる。
僕は喜びを噛み締めながら浜辺をゆっくり歩いて
一気に海へ飛び込んだ。
「裏返し」
小学生の頃,好きな女の子に素っ気無い態度を取っていた。
好きな相手なら好意を示せば良いし,その方が相手にも好かれる可
能性が高まる。
それは子どもでも分かる事だが,「頭」では分かっていても,
「心」は分からない。それが人間の性(さが)である。
非合理的で,不条理で,時にひどく醜くさえある。
しかし,それこそが生成AIには無い人間性そのものである。
当時は羞恥心にかられて逃げ出したくなる裏腹な気持ちさえも,
今は笑顔で受け止められるだけの心の余裕がある。
「鳥のように」
小学校の卒業文集に「鳥」になりたいと書いた。
子どもの頃はひどい閉塞感に苛まれていて,
いつも窓の外ばかり見ていた。
両親の将来の為だからという心温まる話も,
学校の先生の教育愛に満ちたお説教も,
学習塾の講師の魔法のテクニックも,
友達の皆で盛り上がるバラエティー番組の話も,
全部が好きじゃなかった。
自分を取り巻く世界の全てを変えたかった。
鳥だって好き勝手飛んでいる訳じゃない。
だけど,その時はそう思っていた。