「過ぎた日を想う」
人生には,「多忙な時期」がある。
多忙期には沢山のタスクを抱えて日夜取り組む日々を過ごす。
渦中にいる時は「もう嫌だ」と全てを投げ出したくなる。
しかし,嵐が過ぎ去ると,また,その日々を懐かしく想う。
不思議なものだ。
「大事にしたい」
学生の頃,よく「ROCK」を聴いていた。
邦楽から洋楽まで様々な国のROCKを聴き,多大なる影響を受けてき
て,反骨精神を養ってくれた。
さすがに今は革ジャンも着ないし,シルバーアクセサリーも付けな
い。しかし,心には大勢に迎合しない精神が確かにある。
それは時代が変遷しても無くさずに大事にしたい。
「花畑」
「家族」がテーマのドラマを視聴していると,ストーリーの薄っぺ
らさに辟易する。「嗚呼,きっと,この脚本家は何も知らない種類の
人間だ。」とすぐに分かる。勿論,想像で物語を創作するのはよい。
想像力は人間に与えられた素晴らしい能力の一つである。しかし,
実体験に乏しい人間が書いた話は浅い。まあ,漫画を原作にしている
中,自力で書いているだけマシだろうか? 下には下がいる。
その所為だろうか? 既に中学生の頃には,脳内がお花畑の話は好き
ではなかった。別に好きという人に対して何か言うつもりはない。
僕は下らないと思うだけだ。
「命が燃え尽きるまで」
僕は幼い頃から知的好奇心が非常に強かった。
「なぜだろう?」「どうしてだろう?」と,周囲の大人に
問い続けた。
最初は笑顔で答えてくれた大人もやがて答えに詰まり,
最後には学校の先生に聞いてご覧とか,自分で調べなさい
というお決まりの台詞を吐くようになった。
本という存在に出会ってからは一気に世界が広がった。
幼少期はお小遣い,学生時代はバイト代をほとんど全て使い,
「床が抜けるから止めろ」と両親に言われるまで本を購入して朝か
ら晩まで読み耽った。何度もの引越しの際に大量に処分したが,
それでもまだ五千冊程度は手元にある。
そのお陰で大学院まで進学する事になり,今でも仕事で研究
に携わっており,複数の研究会に所属して研究発表をしている。
公的な研究機関では足らずに,民間企業主催の研究会にも手を
出そうとしている。しかし,それでも知的好奇心は衰えなかった。
毎朝,物理・化学・生物・地学の勉強をし,文学や歴史や心理学
や哲学や宗教等の本を読み,素人文化人類学者・民俗学者のよう
なフィールドワークを行っている。
おそらくこれは死ぬまで続けるだろう。
別に目的は無く,知りたいから,面白いからやるだけである。
何とも浅はかで,自分勝手な理由だろう。
しかし,自分にぴったりのやり方でもある。
心に従って思い切り研究したいことをし続けていく。