閉ざされた日記
字が下手な自分が嫌で、必要以上に字を書きたくなかった。
中学でブームだった手紙も、もらっては口で返事をしている有り様で。
そんな自分を変えるために日記帳を買ってはみたものの、手は伸びなかった。
わかっていた。
自分の文字が嫌いな理由が、字が下手なだけではないことを。
自分自身が全力で嫌いなのだ。
だから存在を、意思をこの世界に残したくなくて。
でもいつかは、と閉ざされた日記を毎日眺めている。
木枯らし
耳の聞こえない私に、彼女はピアノを弾いてくれる。
彼女のすぐ傍に座ると、響く音がわずかに振動として心を揺らしてくる。
真剣な横顔と、激しい指遣い。
今日の楽譜はショパンの『木枯らし』
くるくると目まぐるしい動きの右手がまるで風にもてあそばれる枯葉のようで。
それを選曲した彼女を、私は見つめることしかできなかった。
木枯らしのように吹き荒ぶ彼女の心を。
この世界は
この世界は美しいらしいけど、私の見える範囲には汚くて可哀想なものがたくさんあるよ
ビルと電線で覆われた狭い空で、月を見ても虚しいよ
本当の美しさってなんですか?
どうして
どうして、あなたなんか産まなければなんて言えるの?
どうして、僕は生まれてきたの?
ねぇ、ねぇ、
どうして、命は平等なんかじゃないの?
母さん、貴方は僕を殺しているのに気がついていますか?
夢を見ていたい
夢が現実よりリアルに感じる時がある。
どちらの自分が存在しているのかわからない、と昔の偉い人が言っていたけど俺もその通りだ。
「あのね、別れたいの」
呼び出された喫茶店で呆然とする俺は、彼女の言いたいことをまともに聞いていたかどうかも怪しかった。
コレは夢か、現実かわからなかったからだ。
じゃあ、と席を立った彼女が居なくなってからしばらくして冷めたコーヒーに口をつける。
苦い、しかし味が薄い。
これは現実か、と受け入れた時にぐしゃりと髪を掻いた。
頭皮の痛みで消せないほど、心が痛かった。
しばらくして、ようやく心の折り合いがついたころ。
「あのね、別れたいの」
隣で寝ていた彼女が唐突に告げた。
……おかしい、彼女とは別れたはずだったような、という違和感。
そうか、別れ話は全部夢だったのかと思い無言で抱きしめようとする。
すると、何をするの!叫んだ彼女に引っ叩かれた。
ーー痛くない。
まだ夢の中の愚かな俺は平身低頭、彼女に謝って復縁を迫る決意をする。
まだまだ起きれそうにない、夢を見ていたかった。