昼休み。
日照り雨が続いている為少し蒸し暑い。
図書室へ入り窓際の特等席に触れると、掌に暖かな感触が残る。外から微かに聞こえる葉音に耳を澄ませる。
一人静かに本を読み進めていると、少しずつ胸の奥の蟠りが消えていくような感覚に包まれる。
いつになっても、人生の分岐点に立って物事を考えるという事は慣れないものであって、今日も私は逃げるようにして静閑なこの空間へと足を踏み入れた。
自分を一人の人間として扱うには何が正解なのか。
自らを大事にするという事は、自らの意見を尊重する事と同等の行為である。けれども軟弱すぎるが故に、それすらも恐れ目の前の出来事を投げ出す事が、今では私のお決まりとなっている。
そうしているうちに、今日も昼休みは過ぎていく。
答えは未だ決まらないまま、私は図書室を後にした。
夏もそろそろ終わるだろう。
『答えは、まだ』
いつもと変わらぬ帰り道
茜色に染まる空に 薄ら白い月がよく映える
足を進める度に 止む気配もなく共鳴するヒグラシ
何気なく足元の小石を蹴ってみた
その先に細長くも丸い影がひとつ
顔を上げると、真っ黒な毛に包まれた二つの瞳
きらきらと輝く輪郭に 一瞬呼吸が止まる
夕陽の光に照らされた姿は
羨ましいほどに無垢な生き物に見えた
優雅に立ち去るそれを見届けた後、
やっぱり来世は猫になりたいと強く願ったのだ
『フィルター』
放課後、静まり返った教室から外を眺めると
普段と変わらない貴方の笑顔が目に留まる。
私の中に小さな光が宿ったような
はたまた一日の疲労感が一気に吹き飛ぶような感覚。
貴方以外では作用しない、
窓際に一人佇む私だけの特権である感覚。
その顔がこちらに気づいて振り向いた時、
私の心臓は爆発しそうな程の早鐘を打っていた。
『誰もいない教室』
電車に揺られていると、どうしようもなく
名も知らない街へ行きたい衝動に駆られる。
果てしなく終わりの見えない日々の中では
誰しもが心のどこかで自分に嫌気が差している。
毎日必死に探していても、そう簡単に
自らの思い描いた情景は見つけられない。
寂しさを埋めてくれるその場所に辿り着くまで、
私は走り続けていられるだろうか。
『見知らぬ街』
人の心はいつだって方向感覚が狂う。
生きていれば、迷いが生まれるのは当然だ。
歩いていれば、誰だって道を踏み外すことはある。
けれど、どうしてもそれを恥じる人もいる。
人の一生を生きるのはどうにも難しい。
『心の羅針盤』