「もう老いや病、怪我に苦しむことはありません。幸せに生きなさい。」
目の前を歩いていた人が突然そう言った。首だけを振り返りながら。
その言葉の意味はなんなのか、
なぜ首だけが動いたのか、
なぜそれを私に言ったのか。
その人は、私に3つの謎を残して消えた。
最初は、ただの変質者だと思って、忘れようとした。
が、その謎を解くのに、そう時間はかからなかった。
「全国の病院で、患者の怪我や病気が突然完治するという事態が起きました。都内の病院内でも混乱が起きています。渋谷区の病院で勤務している医療従事者の方に話を聞きました……」
なんの変哲もない普通の朝だった。
口に入れたパンが溢れる。すぐさま、朝早くに家を出た看護師の母に連絡をとった。この混乱の中、連絡が取れるとは限らなかったが、たまたま母と電話が繋がった。
「ねえ今テレビで…」
「テレビ見たの?!もう今大変よ!大混乱!」
最初に気づいたのは、夜勤をしていた看護師だった。交代の時間となり、着替えをし出口へと向かっていると、ほぼ寝たきりの状態だった老人がウロウロと歩き回っているのを発見した。老人に話を聞くと、昨日までが嘘のように体が軽いという。興奮した様子で話す老人をなだめ、他の病室も見ていくと、早く起きていた老人達も一様に体が軽いと飛び跳ねていた。中には半身不随と診断されていた人もいたという。しばらく時間が経つと、目覚めた老人から小児科の子どもたちまで、ベッドから動ける状態で無い人も、病気や怪我が完治したかのように歩いたり、走ったりしていた。
同僚の看護師と混乱する中、他の病院からも同じ現象が起こっていると電話がきた。
そこに母が通勤してきて、今は元気になった患者達の対応で大忙しだ、と母は鼻息荒く現在の病院の様子を話してくれた。
ここで1つ目の謎の意味が解けた。
謎も何も、あの言葉はそのままの意味だったのだ。ショックを受けた私は、時間も忘れ考え込んだ。きっとしばらくしたら、老いが来なくなったというニュースも報道されるだろう。新たに怪我や病気をしなくなった、とも。
そして、2つ目の謎も解けた。
あの人は神様だったのではないか。変質者ではなくて、あれは神様で、私が聞いたのはお告げだった。
でも、なぜ私に?
この世にはもっと神様からお告げを直接貰えるような、私より徳を積んでいる人がいるだろう。なぜ私に?
いくら考えても答えは出ない。
神様もくじでお告げを下すこともあるだろう。それがたまたま私だったんだ。
ヤケになった私は、無理やり答えを捻り出してその日は眠った。
……本当は気づいている。気づいているんだ。認めたくないだけで。
なぜ私なのか、違う。私しかいないんだ。私以外、いなくなっちゃったんだ。
外は荒野が広がっている。ここは都心だった。全世界を巻き込んだ核戦争は、何もかもを壊して、この美しかった世界を、人類を代償にして、収束した。
たまたま生き残った私を除いて。
もう母は死んだし、病院なんてもう吹き飛んだ。全ては妄想。ただ、一番フィクションのような神様のお告げだけが、リアルだ。あのお告げは、可哀想な私にだけ向けられた、神様からのメッセージ。
何もかもを失った私に、死という幸せすら残してくれないのか。
滅びた世界で一人、叫んだ。
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『我が愛すべき人類、滅ぶな』
がた…がたっ…
涼しい風が頬を撫でる。
眠ってしまったようだ。傾けすぎたのか、首が変な痛みを訴えている。首に手を当てながら、乗り過ごしていないだろうかと車窓を見た。車窓から見える景色は真っ暗で、車内の灯りが僅かばかり照らすのみであった。
ふと、車内を見渡すと私以外誰も乗っていない。相当外れの方まで乗り過ごしてしまったのだろうか。せめて、場所の確認をと思い、車窓に顔を近づけ、じっと見つめる。やはり、暗い。車内の灯りがあったとて、すぐ足元の長く伸びた雑草しか見えなかった。
とにかく、降りよう。次の駅で引き返せばいい。
しかし、待てども待てどもアナウンスは流れない。ただ、時間だけが過ぎていく。
がた…がたっ…
今日の振り返りをして時間を潰す。朝から会社に行き、営業先に出向き、その付近でお昼を食べ、
ああ、そのまま電車にのり帰路につこうと……
私は、昼に電車に乗った。
なぜこんなに暗い?人がいない?
ここはどこだ?
私は、どこに向かっている?
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『蛯原の帰還』
このクソみたいな世界は、このクソな俺を置いて進んでいく。時間、環境、人間。内外で形を変え、気がつけば先にいる。
どいつもこいつも、俺より先を行きやがって。俺より前を歩くな。後ろにいろよ。皆俺より後ろであればいい。
そうすれば、俺だってこんな気持ちにならずにすむだろ?
たばこの煙を吐き出す。今、通りすがりのOLに顔をしかめられた。ごめんて。平日昼間くらい外で吸わせろよ。
「……っはあ〜〜」
こんなクソ人間を下に、真っ白で綺麗な入道雲がやってきた。なんとも嫌な対比だ。これ以上惨めにさせないで欲しい。
きっと、こんな俺を見て雲も笑うに違いない。
眩し過ぎる日差しに思わず目をそらした。
入道雲は、もう消えていた。
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『午後12時30分』
行く宛なんて無かった。
ただ、あの時の言葉を思い出して。
「俺達は!こんなせっっまい町で収まるような人間じゃない!わかるだろ?都会とか、海外とか、とにかくここじゃないどこかへ行くんだよ!きっと、そこが俺たちに相応しい場所だ!」
アイツはあんなこと言っておきながら今ニートだけど。
なんて言いつつ、俺もつい最近まで似たような感じだった。死ねないから惰性で毎日を繰り返しているだけの日々で、結局ほぼ死んでるも同義だった。
これでいいって思ってる自分と、これでいいのかっていう自分とで板挟みで、モヤモヤしてモヤモヤして、自暴自棄になりそうっていう時、目の前で猫が死んだ。
トラックに轢かれて、見るも無惨な姿だった。
それを見て、ああ、俺もいつかああやってあっさり死ぬんだって思うと、居ても立っても居られなくて。
冒険に心踊らせた頃、必要最低限の荷物を詰め込んだ旅行バッグ。
モテたくて買った、やっすい髭剃り機。
宝を集めるがごとく、ずっと貯めていたお年玉貯金。
幼い俺のワクワクが詰まったあれやこれ。
全てを持って、家を出た。
両親にはメモを書き残した。別にスマホもあるんだし、連絡には事足りるだろう。
さあどこへ行こう。
取り敢えず東京行くか。
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『行きずり荘』
容疑者■■とその友人青木の会話記録
2027年 6月26日 居酒屋らいだーにて
■■「元気?」
青木「…へっ、お前■■?!うわ久しぶりだなー!中学以来…だから6年ぶりとか?まじで懐かしー」
■■「はは、はしゃぎ過ぎでしょ。ていうかさ、俺お前にずっと聞きたいことあったんだよ」
青木「なんだよいきなり。あっ…もしかして、校長カツラ事件お前が犯人だったとか…」
■■「最近、強姦事件があったの、知ってる?」
青木「……なにそれ。知らないけど。ここら辺そんな物騒なの?いやー怖いねー」
■■「被害者の子の名前、■■唯っていうんだよ」
青木「……お前と同じ苗字だな。偶然すぎw」
■■「俺の妹だ」
青木「……」
■■「なあ青木。俺、分かってるんだよ」
青木「分かってるって何が」
■■「お前が首謀者なんだろ?大学の後輩使って襲わせて、お前はただ眺めて楽しむ」
青木「何言ってんだよ!俺がそんなことしたとか……。言い掛かりにも程がある!し、証拠とかあんのかよ。無いだろ?」
■■「……しらばっくれるんだな」
青木「しらばっくれるもなにも!俺はやってないって!」
■■「まあまあ落ち着けって!確かに証拠なんてない。ただの俺の推測だ」
青木「なんなんだよさっきから。人を犯人扱いしにきたのかよ?!気分わりぃ。帰る」
■■「でも、証拠なんていらないんだよ。そんな遠回しにじゃなくて、俺は、俺の思うようにやる」
青木「何言って」
(何か刺すような音)
■■「うわこいつ酔ってんなぁ……。仕方ないか。女将さーん、こいつの分も一緒に勘定お願いしていい?」
その後、店内を出た二人は以降目撃情報なし。
監視カメラの映像にも映っておらず、いまだ捜索が続けられている。
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『報告書404』