朝に飲む薬は苦い。
だけど夜に飲む眠剤は甘い。
睡眠というのは、いつも死に1番近くて。
眠剤の後味は罪の味だと思った。
死を囁いてくる死神の声も甘いのだろう。
地に堕ちる時は、甘さが纏わりつくのだ。
甘い。甘い。
地の底はもうすぐ。
誰がために、我はいるのか。
他人の指標でしか自分の価値をはかれない私の、生きるにあたって1番大事な論点だ。
誰がために。誰のために。
私の存在理由は?
誰がために、それは運命の人、と呼ぶものだろうか。
そうぼんやり考えながら、今日も通学路をぽとぽと歩く。
「あっ!」
少し先から驚嘆の声が。思わずそちらを見やる。すると、私の高校のすぐ目の前にある高校の制服が。
何かを探している…様子。
ああ、大変ね、と足を踏み出そうとした時、ふと地面に小綺麗なハンカチが。
あ、これは、もしかして、もしかするのだろうか。
ドカンドカンと聞いたことのない音色を心臓が奏でだす。
震えだした腕をなんとか抑えながら、そっとそのハンカチを拾い、目の前で未だにわたわたと何かをがしている様子のその子に声をかける。
夏の終わり、汗の香りがふわりとした。
「あ、あの…落とし、まし、た……?」
顔は見れなかった。
ただただ、私の手の中の、くしゃくしゃになったハンカチを見つめていた。
『コイビト』
それは、火花が散るように瞬いていて。
恋をしたときに似ていた。
右手のカップ酒がゆらりと揺れる。
狭いベランダで、化粧も落とさずスーツも脱がず、星空をツマミに飲んでいても、いつかの叱る者はいない。
ここは星がよく見える。そう言うから、ここを借りた。
私は星の名前がわからないのに。全て同じに見えるのに。
この部屋に私を置いていくのなら、星についてもっと教えてくれれれば良かった。
酒と恨み言をゆっくりと嚥下する。
聞くのは私しかいないから、せめて私が消費してあげないと恨み言達が報われない。
視線を落としたその時、カップ酒のロゴがやけにハッキリ見えて。ふと顔をあげたら、空が異常なほど鮮やかに光っていた。
朝にはまだ早すぎる時間で、そこでけたたましい、周囲の端末の警告音に気付いた。
なんだか終末の予感。
この思いは私が背負っていくには重すぎたから、丁度良い。
嫌いは言えるけど、好きは分からない。
っていった巴ちゃん(17)。
自分の嫌いなことはよく口にするけど、好きなもの言わない人って人間としてなんか薄くない?と私が口にした時の返事だった。
部活の先輩が毎度毎度、飽きることなく愚痴ばっか話すものだから、私もちょっと愚痴を吐きたくなった、それだけだった。巴ちゃんが、なんでこのタイミングでそれを言ったのかが分からなかったけど、なんか申し訳なくなって、気まずい雰囲気になったのは今でも覚えている。
じゃあね。
っていった昨日、自殺する前の巴ちゃん(22)。
巴ちゃんは、最後まで自分の好きが分からなかったのかな。嫌いばっかり見えてしまって、世界が敵のように見えたのかもしれない。
私は、あなたの好きにはなれなかった?
生きる理由になれなかったかな?
私達、分かりあえてなかったのかもしれないね。
それでも、そんな巴ちゃんのこと、私は大好きだよ。
またね。
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『玉江 巴』
「私達、絆でつながってる?みたいな」
言って自分で恥ずかしくなったのかそっぽを向く君。
でも、耳が真っ赤で何も隠せてないのがかわいい。
つなぐ手から伝わる君の体温。
河川敷。
目の前に広がる夕焼け。
馬鹿みたいだなあ。甘い妄想に浸って。
ピピピピピ……ピピピ…
目覚ましを止める。
あのとき言えなかった続きを、今でも思い出す。
『追悼』