海老body

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7/4/2023, 5:30:09 AM

がた…がたっ…
涼しい風が頬を撫でる。
眠ってしまったようだ。傾けすぎたのか、首が変な痛みを訴えている。首に手を当てながら、乗り過ごしていないだろうかと車窓を見た。車窓から見える景色は真っ暗で、車内の灯りが僅かばかり照らすのみであった。
ふと、車内を見渡すと私以外誰も乗っていない。相当外れの方まで乗り過ごしてしまったのだろうか。せめて、場所の確認をと思い、車窓に顔を近づけ、じっと見つめる。やはり、暗い。車内の灯りがあったとて、すぐ足元の長く伸びた雑草しか見えなかった。
とにかく、降りよう。次の駅で引き返せばいい。
しかし、待てども待てどもアナウンスは流れない。ただ、時間だけが過ぎていく。
がた…がたっ…
今日の振り返りをして時間を潰す。朝から会社に行き、営業先に出向き、その付近でお昼を食べ、
ああ、そのまま電車にのり帰路につこうと……

私は、昼に電車に乗った。
なぜこんなに暗い?人がいない?
ここはどこだ?
私は、どこに向かっている?

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『蛯原の帰還』

6/29/2023, 1:41:24 PM

このクソみたいな世界は、このクソな俺を置いて進んでいく。時間、環境、人間。内外で形を変え、気がつけば先にいる。
どいつもこいつも、俺より先を行きやがって。俺より前を歩くな。後ろにいろよ。皆俺より後ろであればいい。
そうすれば、俺だってこんな気持ちにならずにすむだろ?
たばこの煙を吐き出す。今、通りすがりのOLに顔をしかめられた。ごめんて。平日昼間くらい外で吸わせろよ。

「……っはあ〜〜」

こんなクソ人間を下に、真っ白で綺麗な入道雲がやってきた。なんとも嫌な対比だ。これ以上惨めにさせないで欲しい。
きっと、こんな俺を見て雲も笑うに違いない。

眩し過ぎる日差しに思わず目をそらした。
入道雲は、もう消えていた。

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『午後12時30分』

6/27/2023, 1:19:01 PM

行く宛なんて無かった。
ただ、あの時の言葉を思い出して。

「俺達は!こんなせっっまい町で収まるような人間じゃない!わかるだろ?都会とか、海外とか、とにかくここじゃないどこかへ行くんだよ!きっと、そこが俺たちに相応しい場所だ!」

アイツはあんなこと言っておきながら今ニートだけど。
なんて言いつつ、俺もつい最近まで似たような感じだった。死ねないから惰性で毎日を繰り返しているだけの日々で、結局ほぼ死んでるも同義だった。
これでいいって思ってる自分と、これでいいのかっていう自分とで板挟みで、モヤモヤしてモヤモヤして、自暴自棄になりそうっていう時、目の前で猫が死んだ。
トラックに轢かれて、見るも無惨な姿だった。
それを見て、ああ、俺もいつかああやってあっさり死ぬんだって思うと、居ても立っても居られなくて。

冒険に心踊らせた頃、必要最低限の荷物を詰め込んだ旅行バッグ。
モテたくて買った、やっすい髭剃り機。
宝を集めるがごとく、ずっと貯めていたお年玉貯金。

幼い俺のワクワクが詰まったあれやこれ。
全てを持って、家を出た。
両親にはメモを書き残した。別にスマホもあるんだし、連絡には事足りるだろう。

さあどこへ行こう。
取り敢えず東京行くか。

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『行きずり荘』

6/26/2023, 3:13:34 PM

容疑者■■とその友人青木の会話記録
2027年 6月26日 居酒屋らいだーにて

■■「元気?」
青木「…へっ、お前■■?!うわ久しぶりだなー!中学以来…だから6年ぶりとか?まじで懐かしー」
■■「はは、はしゃぎ過ぎでしょ。ていうかさ、俺お前にずっと聞きたいことあったんだよ」
青木「なんだよいきなり。あっ…もしかして、校長カツラ事件お前が犯人だったとか…」
■■「最近、強姦事件があったの、知ってる?」
青木「……なにそれ。知らないけど。ここら辺そんな物騒なの?いやー怖いねー」
■■「被害者の子の名前、■■唯っていうんだよ」
青木「……お前と同じ苗字だな。偶然すぎw」
■■「俺の妹だ」
青木「……」
■■「なあ青木。俺、分かってるんだよ」
青木「分かってるって何が」
■■「お前が首謀者なんだろ?大学の後輩使って襲わせて、お前はただ眺めて楽しむ」
青木「何言ってんだよ!俺がそんなことしたとか……。言い掛かりにも程がある!し、証拠とかあんのかよ。無いだろ?」
■■「……しらばっくれるんだな」
青木「しらばっくれるもなにも!俺はやってないって!」
■■「まあまあ落ち着けって!確かに証拠なんてない。ただの俺の推測だ」
青木「なんなんだよさっきから。人を犯人扱いしにきたのかよ?!気分わりぃ。帰る」
■■「でも、証拠なんていらないんだよ。そんな遠回しにじゃなくて、俺は、俺の思うようにやる」
青木「何言って」
(何か刺すような音)
■■「うわこいつ酔ってんなぁ……。仕方ないか。女将さーん、こいつの分も一緒に勘定お願いしていい?」

その後、店内を出た二人は以降目撃情報なし。
監視カメラの映像にも映っておらず、いまだ捜索が続けられている。

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『報告書404』

6/25/2023, 12:12:31 PM

娘は花が好きだ。
道端に花を見るとすぐに駆け寄って、ニコニコしながら眺めるのだ。

今日も幼稚園の帰り、土手を歩いていた時だった。
「うわあ…きれい」
娘の声に顔を向ける。
そこには見たこともないような美しい花が一輪咲き誇っていた。始めてみたはずなのに、どこか懐かしくて。ああ、彼女に似てるんだ、と高校時代のことを思い出した。

美しくて、なんでも出来る正に才色兼備な友人。なのに、いつも自信がなさそうで。彼女の困ったようなその顔が今でも頭から離れない。
大切な友人で、ただ凄く弱くて。少し目を話していた隙に彼女は…

は、と意識が戻る。すると、娘がよたよたと花に寄っていく姿が見えた。ああ、まずい。何がまずいのかなんて分からないけど、ダメだ。彼女と似てる花を、あの時のようにしたくなかった。
「まっ、待って!」
娘は花を手折ろうとしていた。
「駄目…」
娘が、花に手を触れようとした途端、強い風が吹いた。
余りの強さに目を瞑ってしまった。
目を開けると、娘が尻もちをついている。
「大丈夫?!怪我してない?」
娘は珍しく泣き出さなかった。
その様子を不審に思いながらも、駆け足で近寄る。

「おれちゃった」
娘は花を見ていた。
そこには、根本の方から折れている花があった。風圧で折れてしまったのだろう。
「ねえ、これもちかえってもいい?」
「……どうして?もう折れちゃってるよ?」
「いいの。すぐかれちゃうかもしれないけど、おせわする!」
娘が優しい手付きで花の根を取ろうとしていた。
「あの時も、こうしてあげれば良かったのかな」
「まま、どうしたの?……かなしいの?」
「うん…悲しい…」
どうしようもなく悲しかった。
あの時の私に出来なかったことを娘は出来たのだ。
何も出来なかった私が、今更ながらなんとも薄情で、間抜けな存在に思えて。
「ごめん、ごめんね、椿、ごめんなさい……」
娘は、土手に座り込んでしまった私の背中をひたすら撫でてくれた。あったかい手。

花は露を落とした。

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『諦念』

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