もともこもない

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8/11/2024, 7:19:54 PM

1度だけ、赤色の信号を歩いたことがある。
不眠症が酷かったためにもらった薬がきれてから何日か経って、久しぶりに寝ることができない夜が続いた日のことだった。徹夜で学校に通って3日目くらいだったかなぁ、鬱病の方も酷いし、薬はないし、ちょうど先生に嫌な言い回しをされたあとだった。なんとなく合わない友達に「考えすぎなんだよ、みんなそんなもんだよ」と決められた次の日だった。頭が、というよりは身体全体が、ぼーっとする。自分も、自分が生きる世界も全てからっぽで、灰色だった。

今の私にとっては、夜に眠れないのはかなり地獄だ。何も無いということの、「ない」の輪郭がくっきりする気がするし、現状におかしくなる程の熱量ももうないから。朝が来て、冷たい水で顔を洗う。気持ちいいとはいつしか感じなくなって、代わりに気持ちの悪い空気が肌につく。小田急線の満員電車で睨まれ、押される。その後は長い長い時間、友達を作らなければ居場所が失われるゲーム!!に参加。合わないクソと話す。私も、「その他クソ」の1部に過ぎない。くだらなくて光のない、完全な闇にもなってくれない。あと少しで燃え尽きる火を、見つめているだけのような生活だった。


今日はなんだかついてないなぁ。クソ、この信号は赤になると長いのに、たった今赤になったばかり。
待つ間、灰色の頭で考える。1Kの何の家具も無い頭で、思い出す。ああ、あいつまた押し付けがましいこと言ってきたな。ああ、あいつと早く縁を切りたいな。ああ、今日もあいつクソだるかったな。
何人も何人も、「その他クソ」の顔が思い浮かぶ。喉の下あたりが気持ち悪いし、内蔵がぐるぐると、ぐちゃぐちゃとした音を立てるけど、以前よりも勢いがない。
もう、潮時だ。
ぼんやりしているうちに、信号の色が変わった。足が動いて信号を渡った。

!!ーーーーーーーー

大きな音がした。なにか事故が起きたのだろうか、もしくは出遅れた車がいて腹を立てたドライバーがどこかに、

信号の真ん中を進みながら周りを見渡そうとした時、

信号が赤色のままだったことに気がついた。

どうして?こんなミスを今まで、人生で、犯したことがなかった。あまりに頭が悪い、おかしい、馬鹿だ、自分は大馬鹿だ。なぜクラクションが聞こえるまで気が付かなかった。赤信号が青信号になり、再び赤信号になるほどは時間が経っていなかったはずだから、私は赤信号なのに青色だと誤認して歩き始めてしまっていたことになる。そもそも、歩き出した時に信号が青色になった瞬間を見たのか思い出せない時点でおかしいのだ。ああ、おかしい。あまりにも、おかしくなった。
自分が気持ち悪くて、許せなくて、消えて欲しいと思った。
こんなくだらないことで、誰かを事故に合わせていたかもしれないこと、過失運転致死傷罪を背負わせることになったかもしれないこと、罪のない多くの人に死体を見せてしまうことになったかもしれないこと、それらの全てを自分の愚かさのせいで引き起こすかもしれなかったことに、耐えられなくて、冷や汗が溢れて、私は走りだした。走る以外、できなかった。ひたすらに、走る、走る。
駅の前について、息を切らしながら考える。どうして間違えた、どうして眠れない、どうして病院に行けない、どうして鬱がひどい、

全部、親のせいだ、だから、だからこうなったのだ、だから、親を、
呼吸が荒くなって、ひゅっと目の前が白くなって、それから、

幼きの頃の思い出が頭に浮かんだ。
日曜日、おかあさんにショッピングモールで買ってもらったピンク色の麦わら帽子が風で飛んでいった。慌てて追いかけに道路に出ると、クラクションを鳴らされた。驚いた心臓の動きを、あのときはじめて感じた。そして今も、思い出したことで心臓が動いた。
ああ、今私、気絶しているんだな。
そう気が付いてからしばらく、おかあさんとの思い出が浮かんだ。やさしかったとき、わらってくれたとき、私を気遣った量の料理を作ってくれた頃、たばこをすわなかったころ、情緒が今ほどおかしくなかったころ、お父さんの悪口を言うところ、お父さんが出ていったあと、私に当たるようになった今の生活まで、長いこと浮かびつづけた。

ふと、働きアリの法則、というのを思い出す。働かないアリを離しても、働いていたアリが働かないアリになるため、働くアリだけにすることはできない、というものだ。

私は母の中で、働かないアリになったのだろう。
そう思った時、目が覚めた。
記憶になかったが、きちんとホームの椅子まで歩いたらしい。誰かに運ばれた記憶もないし、おそらく本当に自分で歩いたのだ。

さっきのも、今までの人生も、これからの人生も全部、人のせい。人のせいにしたい。先生のせい、友達のせい、親のせい。自分の意思じゃない、人のせいで、私は、

視界の彩度が前より高い。そして、久しぶりにとても大きな眠気がやってきた。このまま、しぬことができたら、そう思ったとき、ぶわっと気持ちいい熱が出て、再び眠る。


まどろみの中で、麦わら帽子に登ったアリを払う、幼き自分の手が映った。

7/16/2024, 4:40:14 PM

しにたいとき、私の代わりに叫んでくれた曲が響かなくなったあの時、私はとても幸せだったと思う。ふつうの、女の子になることができていたと思う。誰に何を言われても、どんなことがあっても、気にしないでいられた。
だけど、ずっと何かが足りないと感じるようになった。多分それは、音楽で感動するという行為のことだった。音楽は私が、毎日投げ出したい朝や、腸が煮えくり返るような、息が詰まるくるしいくるしい日中、消えてなくなってやりたい夜たちを共に過ごしてくれた、近くて遠い、星のような存在だった。ギリギリだったけど、生きるということをやめないでいられた理由だった。

足りない足りない足りない、学校から駅まで、電車の乗り換えの時間、電車の中、助けてくれた音楽は、私以外を助けに行ったように感じた。
いや、ちがうな。私の方が、変わっちゃったんだ。音楽はずっとそこにいる。ずっとそこで、聞いた季節や温度やその時の心まで記憶していてくれているのに、私は、去年の夏の自分の苦しみや考え方すら忘れ始めているんだもんな。
あぁ、こうやって、大人になっていくんだな。こうやって、自分はこんな人になりたくないと、喉を噛みちぎって引き裂いてやりたいとすら思ったおとなみたいに、なっちゃうんだな。
わすれたくない、でも、幸せになりたい。忘れたい、忘れちゃいけない、なかったことにしたくない、しちゃいけない。でも、でもどうしたらいい?
涙も出なくなった私を見たら、あの夏の自分が泣いちゃうかな。

あぁ、私、最悪。もう全部全部、嫌になったから、今すぐにでもこの空の遠く遠く、その先にある星や宇宙を見て、だいっきらいな大人たちにネタバレしてやろうかな。バーーーーカ!無神経で嫌味っぽくて考えの浅い、大人。クソみたいな性根の、おとな!って、言ってやりたいな。

でも私、この夏が終わる頃に、大人になるまであと2年になる。バーカって言われる側になるまで、あと2年。
2年、に年、にねん。たったのにねんで、あたし、だいっきらいな大人に、ならなくちゃいけない。いっそのこと、1年11ヶ月30日のときにしんでやろうかな。そしたらあたし、一生こども! いやいや、いましねば、十五夜満月ピッカピカのままだーー!
なんてさ、バカだな。

おとなになることって、やっぱり諦めることなのかな。妥協すること、なのかな。無神経になって、意地悪になって、無頓着になって、こどものころの苦しみを忘れていって、なかったかのように知らん顔で生きていくこと、かな。
おとな、うそつき。嘘つき。嘘月。
三日月って大人みたい。人生の満月だった子供時代のこと、忘れちゃったみたいに、冷たい見た目。横目で知らんぷりして、自分は関係ないからわるくないですよーってさ、ずるいよ、そんなの。三日月になるくらいだったら、いっそのこと新月になったほうがいい。消えて、なくなったらいい。希死念慮って、こういうこと?わかんない。おとななら、そんなの違う!とか、甘えだ!とかさ、また言うのかな。うるさーーーーい!!三日月なんてさ、三日月なんてさぁ。
とか、今は言えても、人の事言えなくなる日がもうすぐそこにあるんだね。

今日の月は、どんな月?怖くて窓の外、見られないや。臆病なままでも生きていけるのって、こどものときだけ、かな。満月の15歳、人生で1番くるしかった、15歳。束の間だったけど、ふつうのしあわせをはじめてはっきりと実感しちゃった、15歳。8月なんて一生こないでいいよ。誕生日、あたしだけ誕生日、いらない!
なんてさ、バカだね、あたし。バカな、こども?それとも、おとな?おしえてよ、お月様。寄り添ってよ、なみだ。抱きしめてよ、音楽!お月様は今日は、どんな形をしてるの?なみだはなんで、出てきてくれなくなっちゃったの?ねぇ、ぜんぶ、どうしてなの?

今日は、月齢11の、名前のない月でした。ほんとうはあるのかもしれないけど、とにかく、丸でも四角でも三角でもあらわせない、言い表せないかたちでした。
なんとなくですが、完全なこどもでもいられなくて、おとなになりかけてしまっている、何者にもなれていない、今の私みたいだと思いました。そう思うと苦しくて、泣きたかったけど、やっぱりなみだはもう、さ。

でも音楽はもう一度、私を抱きしめてくれました。
なんでなの
分からない。わからないから気になる。こどもだから、かな。私、まだこどもかな。わからないけど、ありがとう。ありがとう、明日はこどもだから、アイス2つ食べようかな。なんてね、じゃなくて、おやすみなさい。


7/6/2024, 2:42:44 PM

あなたが大好きだったから、あなたに好きな人ができたのが怖かった。私はもういらなくなるんじゃないかと思った。遠くに行ってしまうと思った。三日月のようなその横顔を見て、心の底から焦りと恐怖がこみあげたのを覚えている。
あの時、冷たくしてごめんなさい、嫌な態度をとったこと、本当に後悔しています。

あなたは今、何も無かったように話して、触れてくれる。まるでずっと見守ってくれている、月のように。
ああ、やっぱり私はすごく浅くて馬鹿なにんげんだなぁ。あなたに何度も救われてきた。そのせいで、私はあなたを近くにいると思ってしまっていたけど、初めから、ずっと遠くにいたのを忘れてしまっていたとやっと気が付きました。
もう、同じ間違いはおかさないようにしよう。
これからあなたが恋をしても、変わっても、愛することができると誓える。もうしないわ、だからどうか消えないでほしいなんて、わがままを言わせてください。
美しい月。あたたかな、月。

月のようなともだち